立川吉笑真打昇進披露興行IN高円寺 三日目「くじ悲喜」

「立川吉笑真打昇進披露興行IN高円寺」三日目に行きました。
「釜泥」立川志の太郎/「猫の皿」立川志獅丸/「はじめてのお弔い」立川志の八/「田楽喰い」立川雲水/漫才 ナイツ/「代書屋」桃月庵白酒/中入り/口上/「寿限無」立川談笑/カンカラ三線 岡大介/「くじ悲喜」立川吉笑
雲水師匠の口上。「大嫌い」(笑)な“業の肯定”と対極にある「ぶるぷる」のような笑いこそ、落語らしくて良いと褒める。古典のような皆が演じてきた落語の「模倣」で80点、90点取るよりも、0から創り上げて60点、70点取る方がいかに素晴らしいかと高く評価していた。
白酒師匠の口上。吉笑の新作はちゃんと落語になっているのがすごい、と。昔、円丈師匠に「お前のはコントだ。落語を作れ」と言われて、新作から足が遠のいてしまった。吉笑の新作は、円丈師匠が言っていたことはこういうことなんだろうなあと思う、新しい表現を生み出したり、表現方法の幅を広げたりしている、そこがすごいなあと思うと賞賛した。
自分にとってもライバルが増えたということであり、吉笑の同期たちは「こんなことやられた!畜生!負けちゃいられない!」と刺激になっていると思う。いわば先駆け的な存在となるので、その足を引っ張ろうとする人たちもいるかもしれないが、負けずに頑張ってほしいと期待した。
談笑師匠の口上。興行がはじまって、感動、感激、感謝といった感情が止まらないという。こうした寄席囲いの設えを作って、十日間寄席形式で、しかも他協会の人たちにも沢山出演してもらって、吉笑の真打昇進披露にかける心意気が顕われているのが素晴らしい。弟子が真打になった喜びを嚙みしめるように語っているのが印象的だった。
吉笑師匠の「くじ悲喜」。商店街の歳末セール(?)の抽選会の箱の中のくじたちの擬人化が実に見事である。箱の中の残りくじはあと3人(あえて3人と表記します)。さっき、一等賞の北米W杯のくじが出たが、「あいつ、品があったもののな。標準語を喋っていた」というのが可笑しい。
3人の中の2人が「どうせ、ティッシュなんだろうな」と言いつつ、滅茶苦茶自分のくじが何なのか知りたくて、自分で「めくっちゃおうか」と言い出すのが面白い。めくったあとに復元できるか、その粘着力を気にしているところも可笑しいし、残りの1人の方が「俺はいい」と断っているが、自分たちは「怖いけど、立ち向かうべきだ」と正当化しているのも笑える。
自分を信じて、セーノ!でめくろうとするが、なかなか踏ん切りがつかず、一文字ごとにめくることにするという…。最初は2人とも、「テ」。やっぱり、ティッシュか…と落胆する中、二文字目を1人がめくると「ィ」。ああ、やっぱり。もう1人の方は、「いっそ、全部いく!」と一気にめくることにする。すると、ティファニー!「ヨッシャ!」と雄叫びをあげるのが愉しい。
もう1人が「もう、いいわ。俺はティッシュだよ、きっと」と言うと、ティファニーのくじは「どっちが上とか、下とかない。皆、仲間だよ」と返すが、逆にそれが鼻につくと言われてしまう。すると、ティファニーは「俺だって怖かった。でも、自分を信じて、闇に向かって、戦った結果、ティファニーだったんだ。めくらないなら、そう思い込んでいるお前のことをティッシュと呼ぶ」と強気だ。
めくることに参加していなかったくじがそんな2人のやりとりを見かねて、自分は「フランスW杯」だと自白する。1998年開催。97年の歳末セールの一等賞だったが、箱の隙間に挟まって引かれないで残ってしまった。当時の商店街会長は「イカサマだ」と責められ、田舎に帰ってしまったという暗い過去を持つ。
そういえば、ティッシュもティファニーもツルツルした紙質でゴシック体で書かれているくじだが、フランスW杯はザラザラした紙質で明朝体で書かれたくじだ。ティファニーが言う。「自分は選ばれし者だと思っていたのが恥ずかしい」。ティッシュも「一番恥ずかしいのは俺だ。ティファニーが羨ましいと思った」。そして、3人は仲良くなる…。演目名にあるように、まさにくじ「悲喜」。くじたちの悲喜こもごもを見事な擬人化で描いた名作だ。