松柳亭鶴枝真打昇進襲名披露興行「ろくろ首」

池袋演芸場四月下席千秋楽昼の部に行きました。柳亭市童改メ松柳亭鶴枝真打昇進襲名披露興行だ。
「たらちね」柳亭市悟/「のめる」春風亭一花/「箱入り」林家つる子/漫才 ホンキートンク/「権助魚」柳亭燕三/「へっつい泥棒」台所おさん/ウクレレ漫談 ウクレレえいじ/「幇間腹」古今亭菊之丞/「ちりとてちん」柳家さん喬/中入り/口上/太神楽曲芸 鏡味仙志郎・仙成/「たけのこ」柳家緑太/「加賀の千代」春風亭一之輔/相撲甚句 柳亭市馬/浮世節 立花家あまね/「ろくろ首」松柳亭鶴枝
口上の司会は一之輔師匠。松柳亭鶴枝の四代目を襲名するが、先代は尾藤イサオさんのお父さんで、百面相の芸人だったと紹介。今回の襲名にあたって市馬師匠が尾藤イサオさんにお伺いの手紙を書いて承諾を得た。「歌手協会のパイプラインが役立った」と笑いを取った。本寸法の柳家の芸の継承者としての実力を賞賛し、「いつも不愛想な顔をしているけれど、これから精進して、自分の芸に自信を持つことで市馬師匠のように朗らかな顔に変わっていくでしょう」と期待した。
菊之丞師匠。鶴枝の初代は柳家の本流である談洲楼燕枝の弟子だった。二代目は三代目小さんの弟子。初代から三代目までは百面相の色物芸人で、噺家としてこの名跡を名乗るのは四代目が初めてと紹介。当人はライオンキングや岡晴夫が大好きで、それが芸の肥やしになるだろうが、誰の影響なのでしょう?「市馬師匠、紫綬褒章おめでとうございます!」と和ませた。
さん喬師匠。師匠市馬とは兄弟弟子で、鶴枝は甥っ子弟子に当たる。松柳亭鶴枝という名前は、「松」は歳寒松柏の言葉があるように、どんなに辛いことがあっても志を貫く精神。「柳」は柳は緑花は紅の言葉通り、個性を大切にすることを表している。「鶴」は千年、長寿の意味。まことにおめでたい名跡であるとして、この鶴枝が大看板になるのはお客様の叱咤激励が肝要だと締めた。
市馬師匠。私が五代目小さんに入門したのが1980年(昭和55年)、その年に小さんは紫綬褒章を受章した。住み込みの内弟子をしていて、お祝いの電話があちこちから掛かってきたのを覚えている。三船敏郎、森繫久彌、三橋美智也、三崎千恵子…。一緒に内弟子をしていた小三太が電話に出て、「外人が喋っていて判らない。なんか、バイコウとか言っている」。七代目尾上梅幸、すなわち七代目尾上菊五郎の父、人間国宝の役者を小三太は知らなかったという…。それから30年後に鶴枝は私に入門した。同じ2月21日というのも何かの縁だが、一之輔から「育ての親」と紹介されたが、基本を仕込んだだけと謙遜するところが市馬師匠らしい。
鶴枝師匠の「ろくろ首」。主人公が与太郎ではなく、松公の型。伯父さんのところに相談があると訪ね、兄貴は三年前におかみさんをもらって、「ねえ、あなた」と言われ、赤ん坊も生まれて幸せで、羨ましいがっている松公が可愛い。「あたいも二十五だから、兄貴に負けない気になって、おかみさんをもらいたい!」。恥ずかしがりながら、思いの丈をぶつけるところが良い。
そして、持ち掛けた「お屋敷のお嬢様の婿」になる話。小町と呼ばれるくらいの器量良しで、両親に先立たれ、婆やと女中二人の四人暮らしだが、財産家だから「遊んで暮らせる」という。ただし、お嬢様には悪い病があって、丑三つ時になると首が伸びて屏風を越えて行燈の中の油をペロペロと舐めるという。松公は恐れおののいたが、首が伸びるのは夜中だけで、自分は「一遍寝ちまうと朝まで起きない」ので大丈夫だと気づき、この良い縁談を引き受けることにするのだが…。
婆やに対し、きちんと受け答えができないといけない。松公にそれはできないので、伯父さんが一計を案じるのがこの噺の面白いところだ。鞠に紐を括り付け、伯父さんが引っ張った数で受け答えをする作戦。「きょうは結構なお天気様でございます」は一つで「左様、左様」。「この話がまとまりますれば、亡くなりましたご両親もさぞかし草場の陰からお喜びでしょう」は二つで「ごもっとも、ごもっとも」。「何のお役にも立ちませんが、末永くよろしくお願いします」は三つで「なかなか」。
教えられた松公が「信号みたいなもんだな」と言うのが可笑しい。最初はうまくいったのに、猫が鞠にじゃれついてしまって、混乱する様子も可笑しいが、婚礼の終わった晩に目が覚めて、柱時計が二つ鳴ったのを聞いて、「ごもっともだ」と言う松公も愉しい。
それと、お嬢様が庭を通るから見ろと言われた松公。「綺麗な人だね」とポーッとしてしまい、「あんな綺麗な人が『あなたや』と言うのか」と妄想し、「兄貴のおかみさんとは比べものにならない」と言うところ、松公も人の子だなあと思う。その後で「でも、あの首が…?」と不思議に思うのも無理はない。
与太郎や松公の類は頭が少々弱い人間として落語国では登場するけれど、鶴枝師匠が描く松公は人間味に溢れていて、とても魅力的なのが良いと思った。