師匠お似合いですよ演芸会 神田伯山「無筆の出世」、そして渋谷らくご しゃべっちゃいなよ

「師匠お似合いですよ演芸会」に行きました。
「都々逸親子」柳家小ふね/「片棒・改」立川談笑/トーク/中入り/音曲 桂小すみ/「無筆の出世」神田伯山
アパレルメーカーである株式会社コスギが展開するブランド、ゴールデンベアの服を一着選んでイラストを描き、その服が似合いそうな師匠の名を挙げて妄想した文章を書くという広告が毎月の「東京かわら版」に掲載されている。その師匠に、妄想ではなく実際に着てもらう演芸会を開こうというのがこの会で、令和5年2月にはじまり、今回は3回目だそうだ。
スタイリストの手によって、いつもとは全く違う装いの師匠3人が登場してのトークコーナーが面白かった。やはりファッションと言っても寄席芸人さんだから、和装の着物の話題で盛り上がる。小すみ師匠が女性が綺麗に見える着物の着付けテクニックを披露されたのも興味深かったし、おしゃれだと思う芸人さんとして、どちらも今は故人になってしまったが、桂歌丸師匠と立川左談次師匠の名前が挙がり、エピソード含めて深い話になったのが良かった。私服のファッションに関しては柳家喬太郎師匠の名前が出てきました!(笑)。
談笑師匠の「片棒・改」は久しぶりに聴いたけれど、面白い。途中、「ネタ選び間違えた!」と言いながら、葬儀なのにエレクトリカルパレードが出るところでは客席も一体となって、「ミッキー!!」という叫びが談笑ワールドだ。
小すみ師匠はゴールデンベアにちなんで、「森の熊さん」を三味線で演奏しつつ、コール&レスポンスという、こちらも客席参加型。さらに「さくら さくら」を片手は尺八、片手は琴を演奏するという超絶技巧を魅せてくれたのも、すごかった!
そして、伯山先生の「無筆の出世」。現在、師匠である松鯉先生が歌舞伎座に講談師として出演されている新作歌舞伎「無筆の出世」リスペクト。治助の仇を恩で返すという“男の美学”に酔いしれた50分の長講だった。
勘定奉行に出世した松山伊予守治助が、50年ぶりに仕えていた佐々与左衛門と再会する場面。当時十二歳だった下郎の治助を「試し斬りにしてよい」という内容の手紙を与左衛門は向井将監に宛てて書いた。無筆だった治助は偶然助かったが、治助は与左衛門に対し恨みなど持っていなかった。寧ろ、文字の読み書きができない悔しさをバネにして、勉学に勤しんだ。そして、今日の勘定奉行という地位があると感謝した。なかなか出来ることではない。
伯山先生は治助の純朴な性格をよく表現している。船の上で手紙を読んでくれて、命を助けたばかりでなく、小僧として大徳寺で引き取った日延上人。さらに、よく働く治助を気に入り、自分の中間に抱えた幕府祐筆の夏目佐内。どちらも治助の人柄に惹かれたからこそ、可愛がったのだと思う。
とりわけ夏目は「文字を学びたい」と願う治助に懇切丁寧に指導をし、文字だけでなく算術や歴史、地理といった学問を身に付けさせたことが、夏目夭折後も治助が御家人株を取得してめきめきと頭角を現す礎になったことは間違いない。
それにしても酒はこわい。与左衛門は酩酊していたために、名刀井上真改で治助を試し斬りしたらよいなどと暴言を吐いた。だが、伯山演出では与左衛門を完全な悪者にしていないのが良い。手紙を届けるように治助に言って送り出した後、自分のしていることの非情に気づき、慌てて向井将監のところに向かっている。そして、治助は斬られていないことを確認し、必死で治助の消息を探った。また、それを機会に酒も一滴も飲まなくなったという。その上での50年後の再会である。それゆえに松山伊予守治助六十二歳と佐々与左衛門八十歳は心を通わせることができた。素敵な読み物である。歌舞伎座で観劇するのが楽しみだ。
配信で「渋谷らくご しゃべっちゃいなよ」を観ました。4人の若手落語家が新作ネタおろしに挑む、隔月開催の会だ。
「エムの茶番」昔昔亭喜太郎/「40」三遊亭ふう丈/「キューピット牧場」柳家花ごめ/「帰りたいおじさん」立川笑二
喜太郎さん。主人公は「野性」のSMの女王様を探していたという設定がユニークだ。おやじ狩りに遭っていた主人公をリサイクルショップ店員の正直清兵衛さんが助けてあげる。だが、それは余計なおせっかいだった…。主人公はおやじ狩りする女性に「まじりっけなし、忖度なし」の野性のドSを感じ、「やっと出会えた」と喜んでいたのだった。罪滅ぼしに清兵衛さんはその「野性」の女王様を誘き出そうと、浜崎あゆみのCDを流して「儀式」を始めるが…。“あゆ”は三十五の女性に刺さるという発想も面白かった。
ふう丈さん。主人公のヤマモトに自己を投影しているような高座に感じた。自分を追い込むことで、理想と現実の狭間に自分が彷徨っていることを知らされる。なぜ、追い込むのか?四十歳になっても、結婚もしていない、親に迷惑をかけている、出世もおぼつかない…そんな現実から目を背けている自分がいるのではないか。二十代が輝いて見える。それに引き換え、自分はみじめだ。だが、まだ諦めてはいない。その結果、自分を追い込みすぎて、ヤマモトは自分の人生は〇なのか、×なのか、究極のところ、生と死の狭間に迷い込んでしまった…。深い。
花ごめ師匠。これまた発想がユニークだ。卒業と同時にアーチェリー同好会も引退し、実家の「キューピット牧場」で働くというヒロミ先輩。恋のキューピットを100匹の足首にGPS機能を取り付けて管理する仕事だという。一匹の問題児がそのGPSを食いちぎり、脱走した。ヒロミ先輩は「あなたの矢は人を傷つけるものではない。恋に落ちてもらうものだ」と熱心に説得するが…。ストーリーにもう少し展開がほしいと感じた。
笑二さん。ピカイチの出来だと思った。写真を展示する空間で営業する「写真バー」に3年ぶりに常連だったチバナさんが訪ねてきた。いつもカウンターの隅に座り、暗くブツブツ「沖縄に帰りたい」と喋っているので“帰りたいおじさん”という渾名がついていたチバナさんは故郷の沖縄に帰っていたそうで、すっかり明るくなっていた。そして、マスターに「自分が撮った心霊写真を展示してほしい」と頼む…。チバナさんの身の周りで不幸な出来事がいくつも起こり、それにまつわる心霊写真を見せる。マスターの妻、ヒトミさんは「チバナさんは憑りつかれている」と見抜き、お祓いをすると…。強い沖縄訛りの男性の幽霊が現れたので、憑りつかれたチバナさんから出ていってほしいと頼む。すると、幽霊はどこかに消えたが…。本当に怖い噺を創ることにおいて、笑二さんは天才だ。