創作マニアの処方箋 春風亭百栄「禁落語外来」「暗号弁当ファイル」

上野鈴本演芸場三月上席五日目夜の部に行きました。今席は春風亭百栄師匠が主任を勤め、「創作マニアの処方箋」と題したネタ出し興行だ。①料理の鉄人が出来るまで②休演③絶句④マイクパフォーマンス⑤禁落語外来⑥暗号弁当ファイル⑦アメリカアメリカ⑧落語家の夢⑨とんがり夢枕⑩最期の寿限無。きょうは「禁落語外来」だった。

「金明竹」柳家小きち/「狸の鯉」春風亭だいえい/江戸曲独楽 三増紋之助/「マキシムド呑兵衛」三遊亭律歌/「穴泥」古今亭志ん丸/漫才 米粒写経/「託おじさん所」林家きく麿/「看板のピン」春風亭一朝/中入り/奇術 アサダ二世/「時そば」柳家さん喬/紙切り 林家楽一/「禁落語外来」春風亭百栄

百栄師匠の「禁落語外来」。ヘビースモーカーの治療のために禁煙外来があるように、落語中毒患者のための禁落語外来があってもいいのではないか、というユニークな発想が面白い。落語を聴かないと、激しい体重の増減や手の震え、憂鬱感といった諸症状のある青木さんが診察してもらうことに。

きっかけは5年前に外回り営業の休憩のつもりで入った鈴本演芸場で、「落語って面白い!」と思ったら、知らぬ間にどっぷりと浸かっていたという。医師曰く「落語ホリックですね」。自分の意思さえ強ければ、あるメソッドを使って治るという。「落語を聴こうという意思が全くなくなりますが、よろしいですね?」と訊かれた青木さんは「そんなに悪いものじゃないと思うけど…」と言うと、医師は「皆さん、そうおっしゃいます」。

「くだらないことが素敵に思えて、世間も自分の存在も全部くだらなく思えるのです」という青木さんに、医師は「だいぶ進んでいますね」。新鮮な感覚を取り戻したい青木さんだが、「手遅れです。戻れません。きっぱりやめるか、どっぷり浸かるか、どちらかです」。やめる方向の治療で良いですか?覚悟は?と確認され、青木さんは「いっそ、やめさせてもらいたい」。

治療法として集団ディスカッションがあり、落語への思いやつらい過去を語るうちに大粒の涙を流す方もいるという。「黄金餅」の道中付けを口走ったり、扇子で手首を切ろうとしたり…そういう内側に出る症状なら良いが、悪質なのは表に出る症状だと言って、「オチのときの拍手」にあらわれてしまう人がいるという。「芝浜」で「よそう、また夢になるといけない」の途中、「たらちね」の「飯を食うのは恐惶謹言なら、酒を飲むのは酔って件のごとしだ」の途中、「あくび指南」の「俺の方が退屈で退屈で、あ~ならねえ」の途中等々。

もっと酷い症状として、テレビで小三治を見たら「どうせ、また初天神だろう」と言う、自分で席亭になって若手を探して育てよう、といった症状は手に負えない。TBSの落語研究会のお客さんは重度の患者で、全く笑わない、無表情、なぜか不機嫌、睨みながら高座を見る、こういった方は放射線治療、人口透析などの措置が必要だと。

「寄席定席だけというのは?」と訊くと、「あれが一番酷い」。アリ地獄だという。「私、この人好きだわ。真打になるまで応援しよう」と追いかけ、それを達成すると、また新しい前座を見つけて真打になるまで応援する、その繰り返しで人生の半分以上を落語に捧げることになってしまうと警告する。

「それでも落語を聴くのを続けますか?」と問われた青木さんが「ほどほどが良いのではないか。志ん朝師匠も『ほど』が大切とおっしゃっていた」と答えると、「マリファナくらいなら、ヘロインくらいなら、コカインくらいなら」と言ってそれでやめた人がいない、さらにLSD、覚醒剤と進む、「軽い気持ちが落語のオーバードーズにつながるのです」と注意を促す。

青木さんは「きっぱりとやめます」と決意した。すると、医師は禁煙セラピーに「最後の一服」という治療があるように、禁落語セラピーにも「人生最後の一席を聴いてきっぱりとやめる」ことを勧めるが…。実はその落語がその医師が素人落語会で披露する予定の「芝浜」だったという…。皮肉なサゲに笑った。

上野鈴本演芸場三月上席六日目夜の部に行きました。春風亭百栄師匠が主任を勤める「創作マニアの処方箋」と題したネタ出し興行。きょうは「暗号弁当ファイル」だった。

「子ほめ」桂枝平/「犬の目」春風亭だいえい/江戸曲独楽 三増紋之助/「読書の時間」三遊亭律歌/「祇園祭」古今亭志ん丸/漫才 米粒写経/「歯ンデレラ」林家きく麿/「壺算」春風亭一朝/中入り/奇術 アサダ二世/「天狗裁き」柳家さん喬/音楽 のだゆき/「暗号弁当ファイル」春風亭百栄

百栄師匠の「暗号弁当ファイル」。無理やりな苦しい駄洒落をこれでもか!これでもか!と徹底的に繰り返すことで逆に不思議な可笑しみが生まれてくるという…百栄師匠のキャラクターだからこそ出来る傑作だと思った。

アメリカのCIAとイギリスのMI6の日暮里合同庁舎が舞台。トム・クランシーとフレデリック・フォーサイスがトムが持ってくる妻ソフィアの作った愛妻弁当をめぐって会話している。実はフレデリックがソフィアと浮気をしていて、二人が密会する場所がこの弁当に暗号化されて隠されているのだった。

ポイントはミニトマトの位置。蒲鉾の隣にあったら、蒲田のホテル。おしんこの脇にあったら、新小岩のホテル。トムはこの暗号を解くために1年かかったという。ウグイス豆だったら、鶯谷。エビフライだったら、恵比寿。ご飯の上だったら、五反田。錦糸玉子がのっていたら、錦糸町…。

暗号弁当はソフィアの発案で、積極的だった。鶏肉と野菜を甘辛に煮た朝鮮料理タッカルビ。これはフレデリックの出世作を表している。タッカルビ→「ジャッカルの日」。赤いタコさんウインナー。これはトムの出世作だ。レッドオクトパスを食え→「レッドオクトーバーを追え」。蕗の煮物。沼の深いところから獲った蕗。沼底にあるフキ→「いま、そこにある危機」。これもトムの作品だ。

二人の会話に上司のイアン・フレミングが入ってくる。007シリーズの作者だ。自分の愛妻弁当にもその作品群が隠されていた。サラダをボウルに入れてあったときには「サンダーボール作戦」、ドレッシングがスパイスが効いたものだったら「わたしを愛したスパイ」、煮干しの佃煮は「007は二度死ぬ」、長野(信濃)産の里芋(ヤツガシラ)の煮つけは「死ぬのは奴らだ」、吉野家の紅生姜を愛情をこめて入れた「ロシアから愛をこめて」…。強引な駄洒落が堪らない。

最後は「妻と温泉旅行に行こうと思っているんだ。福島の東山温泉に決めている」→湯は会津に限る→「ユア・アイズ・オンリー」!!百栄師匠がオチを言ったら、その場に寝転がって恥ずかしさをいっぱいに表現していたのがとても愛おしかった。