落語わん丈 三遊亭わん丈「厩火事」、そして如月の三枚看板 橘家文蔵「飴売り卯助」

「落語わん丈~三遊亭わん丈勉強会」に行きました。「らくだ」「ティーンエイジバイブス」「厩火事」の三席。開口一番は林家たたみさんで「四人癖」だった。

「らくだ」。先月のネタおろしで持った感想と変わらず。らくだの兄貴分の弥猛の熊五郎の怖さ、屑屋が三杯目の酒を飲んでからの酒乱ぶり、どちらも物足りない印象だ。死人のカンカンノウ踊りを見せてやるというのではなく、死人に頬ずりさせてやるという脅しは怖いだろうと思う。また、前回書かなかったが、屑屋が泥酔すると物の分別がつかなくなると言って、「だから昨夜、らくだに季節外れの河豚を食わせた」という台詞はブラックで良いと思う。聴き手が震えあがるような何かが欲しい。

「ティーンエイジバイブス」は新作ネタおろし。小咄のちょっと大きめなやつで、寄席の12分の高座には良いかもしれない。ただ、題材がヒップホップなので、聴き手の年齢層を選ぶ。DJ(堂島さん)80歳がオーディションを受けるという設定で、歯科医(歯医者)をやめて三井物産(商社)に入社したという経歴が「負け組(敗者)が勝ち組(勝者)になる」という洒落はわかったが、細かいクスグリは60代の僕には理解できないこと多々あり。

「厩火事」、ネタおろし。「亭主と別れたい」とやって来たお崎さんの本心は「別れたくない」。そこの複雑な心境を表現するのが難しい噺だ。兄貴が「お前さんが汗水垂らして働いている昼間に、あいつのところを覗いたら膳の上に刺身一人前とお銚子一本が載っていた。そんな奴とは別れちまえ」と言うと、お崎さんが「どうして他人の亭主を悪く言うんですか!」。おいおい、さっきまであんな薄情な亭主はいないと愚痴をこぼしていたのに…と思わせるのが、この噺の味噌だろう。

自分の方が亭主より七つも年上で、「私がお婆ちゃんになって、他に若い女でも引っ張り込まれたら、悔しい」と思う不安もある。誰のお陰で亭主は昼間から酒飲んで遊んでいることができるのか、と憤りを覚えることもある。だけど、「鐘や太鼓を鳴らして捜しても、こんなに優しい人はいない」と思うこともあると揺れる女心を吐露するところも良かった。

兄貴が「了見を試す」提案をするところで、お崎さんのちょっと普通の発想とは違う反応をするところも面白かった。孔子が厩を全焼してしまったという報告を聞いたとき、「使用人一同に怪我はなかったか」と問うだけで、寵愛する白馬については一切訊かなかった、だから皆は生涯この人についていこうと思ったと話すと、お崎さんは「ちょっとは白馬の心配もした方がいいと思いますよ!」。

また、麹町の旦那が大事にしていた瀬戸物を女房が割ってしまったとき、「瀬戸物は大丈夫か?」と5秒で百遍訊いたけど、女房の心配は一切しなかったので離縁されたという事例に照らして、お前も試してみろと言うと、お崎さんが「同じことをやるんですか?できません。家には二階がないから」。こういうお崎さんのような女房だったら、心配ないんじゃないか。薄情な亭主と釣り合いが取れているんじゃないかという気がした。

「噺小屋銀座スペシャル 如月の三枚看板」に行きました。柳家喬太郎師匠が「普段の袴」、入船亭扇辰師匠が「蕎麦の隠居」、橘家文蔵師匠が「飴売り卯助」だった。開口一番は入船亭辰むめさんで「たらちめ」だった。

喬太郎師匠の「普段の袴」。マクラでヤマザキ春のパンまつりのポイントを稼ぐことを熱く語る師匠の人柄が僕は好きなんだと思う。八五郎が「祝儀と不祝儀が上野広小路の角でぶつかった」と話すのを、大家が「愛おしい」と思いながら聞いて、袴を貸してやり、「祝儀と不祝儀によろしくな!」と言うのが何とも微笑ましい。また、骨董屋に行って鶴の掛け軸を見て「いい鶴だ」と褒め、店主が「惜しいかな、落款はありませんが、文晁ではないかと」と返す。「文鳥じゃないよ!そんな首の長い文鳥はいない。鶴だよ!」と言う八五郎を見て、店主は「この人のことが好きだ」と言うのもまた微笑ましい。

扇辰師匠の「蕎麦の隠居」は矢野誠一先生の作品。笑わせよう、笑わせようという落語が多い中、あざとさを微塵も感じないさらりとした作風が素敵だ。そして、この噺に扇辰師匠の口調と佇まいが良く似合っている。

文蔵師匠の「飴売り卯助」は、松本清張「左の腕」の落語化。島帰りの元無宿人渡世の主人公、卯助の人物像が文蔵師匠のニンに合っていて素晴らしい。また街頭で子ども相手に飴細工を売っている光景が僕の小学校時代にはまだあったので、懐かしい。

板前銀次の紹介で料理屋の松葉屋で働くようになった卯助と娘のおかよ。おかよは住み込みだが、卯助は女将の勧めを断り、通い奉公を貫く。せめて風呂に入っていけばという親切も、「独りで湯屋に行き、寝しなに一杯やるのが楽しみ」と言って、拒む。それには理由があった…、というのがこの噺の味噌だ。

十手持ちの稲荷の清蔵は、卯助が左の腕に晒しを巻いているのを怪しみ、湯屋に行く卯助をつけ狙い、元罪人である証拠の入墨を見つけ、強請る。このことを他人に言わない代わりに「娘のおかよを俺にくれ」と取り引きを迫り、卯助も承知してしまう。

だが、その後に立場が逆転するのが面白い。松葉屋に押し込み強盗が入り、店の奉公人たちは全員縛られて物置に放り込まれてしまった。銀次からそのことを聞きつけた卯助は現場に乗り込み、強盗の頭が震えあがるような大迫力でどやしつける。「ご老人はことによると、ムカデの卯助親分ですか?…あっしです。親分に面倒を見てもらった上州の寅です…親分じゃあ、俺たちが束になっても敵わない」。卯助が悪党をしていた頃の子分が松葉屋に強盗に入ったのだった。

寅は堅気になると言って卯助の許を去ったが、結局元の木阿弥で悪事を繰り返してしまったと寅は頭を下げる。卯助はこれを機会に「堅気になれ」と諭す。強盗に縛られて、ガタガタ震えていた稲荷の清蔵を見て、卯助は「この目明しも許してやってくれ」と寅に言う。そして、「これでご満足いただけましたでしょうかね、清蔵親分!」と卯助が嫌味をこめて言うと、清蔵は「命だけでも助けてください」。勿論、娘のおかよの件も帳消しにする。

だが、この一件によって、卯助の氏素性が松葉屋にも知られてしまった。「飴屋稼業に逆戻りだ。生涯、この松葉屋の下足番で通そうと思ったが、無理のようだ。若い頃に散々してきた悪事の報いか…」。卯助の哀愁が滲みる高座だった。