落語協会百年興行グランドフィナーレ 入船亭扇辰「たちきり」
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池袋演芸場二月下席三日目昼の部に行きました。今席は落語協会百年興行グランドフィナーレ、日替わりプロデュースと銘打った芝居だ。きょうは柳家権太楼プロデュースだが、権太楼師匠が病気休演のため、「権太楼落語をみんなでやってみよう!」と題して、七演目をネタ出し。ただし、誰が何を演るのかは当日のお楽しみという企画になった。
「真田小僧」柳亭市助/「疝気の虫」柳家権之助/「火焔太鼓」隅田川馬石/「つる」古今亭文菊/「無精床」林家しん平/「笠碁」柳家燕弥/中入り/「町内の若い衆」春風亭正朝/漫才 風藤松原/「たちきり」入船亭扇辰
権之助師匠。権太楼イズムの継承。助けてください!チントトトンのパッパ!陰嚢感謝の日。「山の事故です…そうなんです」。匂いはあなた、お蕎麦はわたし!それぞれのフレーズがザ・ゴンタロウで楽しい。疝気の虫が食道を登っていくところ、「その道中の賑やかなこと」と言って、鳴り物が入るのも良かった。
馬石師匠。古くて損した事例を女房が言う。平清盛の尿瓶、紫式部の腰巻、明智光秀の胃薬、藤原鎌足の何かの塊…何かのカタマリって、カマタリと単なる語呂合わせなのが可笑しい。300両を50両ずつ受け取るところ、甚兵衛さんと女房のパニックの度合いがほぼ同じなのも面白かった。
文菊師匠。八五郎がつるの名前の由来を辰公に言いに行くが、辰公が迷惑そうなのが良い。「知りたくないよ…仕事が立て込んで、忙しいんだ…帰ってくれないか」。それでも八五郎が強引に披露したがるところに、この噺の芯がある。
燕弥師匠。強情と我儘。ザルとヘボ。喧嘩するほど仲が良いんだよね。退屈しきったところに、碁敵が姿を現し、「来た!…ああ、行っちゃった!…いるよ、郵便ポストの陰!」。一喜一憂しているお爺さんが実に可愛い。
正朝師匠。マルベル堂店主の小咄「堀ちえみのブロマイドはないけど、江利チエミだったらあるよ」(故右朝師匠からヒントをもらったそう)が可笑しかった。おかみさんが“流氷に乗ったトド”という表現が良いね。家を褒めろと言われたけど、ハサミムシやナメクジやクモしかいなくて、「この家はファーブル昆虫記か!」というのも好きだ。
扇辰師匠。百日の蔵住まいを終えた若旦那が、番頭から小久から毎日届いていた手紙のことを聞かされ、慌てて柳橋に飛び込んでいって、「かあさん、小久はいるかい?無沙汰をしていたのには訳があるんだ。一目だけでも会いたい」と言ったとき。白木の位牌を出されたのには面食らったろう。
「あの娘、こんな姿になってしまったんです」「どうして死んだんだ?」「そう訊かれれば、あなたが殺したと言いたくなるじゃないですか」。小久は「私は若旦那に捨てられたんじゃないかしら」と言いながら、来る日も来る日も手紙を書き続けた。そのうち、食事も喉を通らない、湯にも入らない、「捨てられたら、生きていけない」と泣く日々。
若旦那が誂えた比翼の紋が入った三味線が届くと、ニッコリ笑って、「弾きたい」。抱きかかえられるようにして、たった一撥弾いたのがこの世の別れになった。それを聞き、若旦那は「知らなかった。知っていたら、蔵を蹴破ってでも駆け付けたのに…」。三七日。供養のために飲んでくださいと言われ、茶碗で一気の飲み干し、咽る。と同時に、仏壇の横に置いた三味線が鳴り出す。
「あの娘、あなたの大好きな黒髪を弾いています」「知らなかった。私のことをこんなに思ってくれていたんだね。私はこの先、生涯女房と名の付く者は持たないよ」「小久、若旦那のこの言葉を土産に綺麗なところへ逝ってちょうだいね」。
扇辰師匠が悲恋物語をしっとりと語り、素敵な権太楼トリビュート興行を締めてくれた。権太楼師匠、十分に治療して元気な姿を見られるのを楽しみにしています。