趣味どきっ!春風亭一之輔の江戸落語入門(7)(8)

NHK―Eテレ「趣味どきっ!」ニッポンを楽しむ!春風亭一之輔の江戸落語入門の第7回と第8回を観ました。

第7回は「泣いて笑って じんわり人情噺」。

番組ではざっくり「笑いを主とする」のが滑稽噺で、「ストーリー性を重視する」のが人情噺だと分類した。

その人情噺の代表として、まず「文七元結」を取り上げた。文七というのは登場人物の名前、じゃあ元結って何?髷を括る紙の紐。実際に髷を結っている鬘(かつら)を用意して説明していたのが、親切でわかりやすかった。

一之輔師匠は「情けは人の為ならず」ということですと言って、左官長兵衛、遊郭佐野槌、鼈甲問屋近江屋の三角関係を図で示して、人物を整理してストーリーを説明したのが良かった。

紹介されたのは2021年の柳家花緑師匠の高座。佐野槌女将が博奕に狂った長兵衛を説教する部分、娘のお久が父を思い、吉原に身を売る健気さとともに、女将の貫禄、「来年の大晦日を一日でも過ぎたら鬼になるよ」という厳しさがよく表れている。

さらに、吾妻橋で身投げしようとしている文七に長兵衛が50両を渡そうと決心するまでの心の葛藤。「お久は死なない。お前は死ぬというからやるんだ」という台詞が良い。そして、迎えるハッピーエンド。一之輔師匠は兎角見て見ぬふりをしがちな世の中で、手を差し伸べてあげる人情が良いのではないかと言った上で、「でも、金を置き忘れるような奴に娘をあげたくないな」と言うのが可笑しかった。

次に取り上げたのが「芝浜」。夫婦の愛を描いた噺だと一之輔師匠が言っていたが、紹介された1996年の五代目三遊亭圓楽師匠の高座は実際に涙を流して演じているのが画面からよくわかって、「泣きの圓楽」を見られたのが良かった。

42両の入った財布を拾って来て、大宴会を開いてしまった主人公を真人間にするために、女房がアレは夢だと嘘をつくことによって、主人公は酒を断ち、仕事に励む。圓楽師匠の「世の中、よく出来ている。だらしない男には、しっかりした女房がついている」という台詞に説得力があった。

この「芝浜」は落語中興の祖、三遊亭圓朝が「酔っ払い」「芝の浜」「革の財布」で拵えた三題噺だと紹介。今日まで名作と言われているのは、創作した圓朝師匠が勿論すごいが、それを色々な噺家が色々な試行錯誤を繰り返して語り継がれてきた。脈々とした伝承話芸の魅力がそこにあるのだと感じた。

ラストシーンの設定にも、それぞれの噺家の工夫があると言って紹介していたのは良かった。2010年の柳家さん喬師匠は幼子を登場させている。また、1995年の四代目三遊亭金馬師匠は酒と金を両手に持ち、「両手に花だ」と主人公に言わせている。面白い。

一之輔師匠が最後に言った言葉に合点した。落語は本来、酒を飲んじゃう人」、欲望のままに生きる人を描くが、「文七元結」や「芝浜」はお金をあげる人、酒をやめる人を登場させている。どちらも年末の噺。年末くらいは落語でほっこりしたい、癒されたいということではないでしょうか、と。

第8回は「摩訶不思議 世にも奇妙な噺」。

一之輔師匠は落語には怪談噺というのがあるが、ただ怖いだけではなく、因縁や因果を描くことで、人間の切なさ、悲しみ、哀愁といったものを浮き立たせていると言っていた。今回紹介されたのは、怪談噺ではないが。

まずは、背筋がゾッとする「死神」。1975年の三遊亭圓生師匠の高座を紹介していた。高座の両脇に蝋燭を1本ずつ立て、主人公が死神との約束「枕元の死神には手を出すな」というのを破ってしまって無数の蝋燭のある地下へ案内されるところでは、背景に沢山の蝋燭が映し出されという演出。極めて貴重な趣向を凝らした演出のスタジオ収録を観ることができた。

足元の死神を消す呪文。このときの圓生師匠は「アジャラカモクレン、赤軍派、テケレッツノパー」。この呪文を色々な噺家が時事ネタを入れると言って、パターンで3例紹介していた。同じ1975年に圓生は「エベレスト」を入れているが、この年に日本女子登山隊が女性で初めてエベレストに登頂した。2011年の立川志らく師匠は「ダンシガシンダ」、1997年の立川志の輔師匠は「ダイオキシン」を取り入れている。

また、サゲも工夫が試みられていると、3つの映像を紹介した。1996年の柳家小三治師匠はくしゃみで火を消してしまう。2017年の志らく師匠は死神に「おめでとう。お前の第二の誕生日だ」と言われ、誕生日ケーキの蝋燭のように火を消してしまう。1996年の志の輔師匠は点いた蝋燭を持って表へで出ると明るいので、蠟燭は不要と消してしまう。どれも、一旦は自分の消えそうな蝋燭に燃えさしを足すことに成功するが、消してしまうというパターンなのが面白い。

次に紹介されたのは「あたま山」。1995年の林家正雀師匠の高座映像だ。主人公の男の頭に桜の木が生え、花見客が押し寄せて賑やかな様子を鳴り物入りで描写している。正雀師匠は手踊りまで披露しているのが愉しい。

ほとほと嫌になった主人公は頭の桜の木を引っこ抜いてしまう。すると、その穴に雨が溜まり、池になる。あたまが池。これまた釣り客などで賑やかになるし、夜にはこの池に身投げ心中をしようとする男女が現れるという…。

そこで問題。主人公はこの心中を防ぐために、立て札を立てた。そこには何と書いてあったでしょう。乃木坂46の池田瑛紗さんは「人のアタマで何すんだ!」、可愛い。関根勤さんは「この池は水深10センチです」、心中を防ごうという狙いを理解した模範解答だ。正解は「あんまりうるさいので、あたまが池に身を投げました」。どこまでも奇想天外な落語である。

一之輔師匠はこう締めた。最終回に相応しい終わり方に落語の可能性、間口の広さを感じる。聴く人の想像力を掻き立てる無限の魅力が落語にはある。素晴らしい。