NHK紅白歌合戦
第75回NHK紅白歌合戦を観ました。
視聴率の過去最高は1963年の81.4%(僕の生まれた前年だ)、その後も長く7~8割を保っていたが、2部制となった89年(僕がNHKに入局した翌年)は1、2部ともに50%を切った。2000年代からゆるやかに低落傾向が進み、23年の第1部が29.0%、第2部が31.9%で、2部制移行後の最低視聴率を更新した。(24年は第1部が29.0%と横ばい、第2部が32.7%と0.8ポイント微増)
朝日新聞去年12月26日夕刊の「ポップスみおつくし」に大阪公立大学教授の増田聡さんが「紅白歌合戦の低迷 『古典』に変わる過程かも」というタイトルで示唆に富んだ文章を寄せている。以下、抜粋。
60年代から70年代の黄金期の再現はもはや不可能だと思う。80年代後半の視聴率低落の背景には、家庭用ビデオデッキの普及やテレビの多チャンネル化など、娯楽メディアの多様化がある。ましてや放送メディアに代わりネットが主流メディアとなったこんにち、かつての「お化け番組」の復活を夢見るのは無謀とすら思える。むしろ、この状況下ですら3割もの国民が同じ番組を見ていること自体が驚異的と言うべきかもしれない。
かつての栄華を失い衰退する一方と映る紅白歌合戦。だがこの状況は、むしろこの番組が遭遇している機能変化の過程なのではないか。永遠に人気を誇る大衆文化など存在しない。過去に人気を誇った大衆娯楽が長く続くとき、その役割は否応なしに変化する。(中略)
一時代を画する大衆娯楽であっても、その命脈は永遠に続くものではない。娯楽文化には(意識されなくても)その享受を支える枠組みが存在し、世代の交代によりそれが変化するとき、当該文化は衰退するか、あるいは「古典」へ変貌し存続する。(中略)例えば現在われわれは宝塚歌劇や吉本新喜劇を前提知識なしに楽しむが、このような芸能がその形のまま存続していくならば、数世代後に「古典化」していることは想像に難くない。
紅白歌合戦もまた、このような「古典化」の途上にあるものと捉えるならば、現在の苦境もまた変容の過程と見えてくる。先ごろ地上波で1971年(まさに黄金期)の紅白歌合戦が再放送され、話題となったのはその徴候のように思える。かつての「国民的大衆娯楽」の座を降り、視聴率の低下を静かに受け入れ「かつての紅白の伝統」を保持しつつ粛々と続く大晦日の儀式。これが最もありそうな紅白の未来図ではなかろうか。以上、抜粋。
そうなのだろう。紅白をある種の“古典芸能”として鑑賞する。その年に別れを告げる“儀式”として受け入れる。これが新しい時代における紅白の在り方なのではないか。もはや「今年を代表するヒット曲」とか、「今年活躍した人のステージ」とかを観て、家族全員がお茶の間に顔を揃えて一年を振り返ろう!なんて考えること自体がナンセンスなのだ。そう思ってテレビをつけっぱなしにして紅白を流しながら、ぼんやりと見ていたら、ちょいちょい興味深い場面があって、楽しめたのである。
思わず涙してしまったのが特別企画「追悼・西田敏行さん」だ。西田さんと親交が深かった竹下景子、武田鉄矢、松崎しげる、田中健の4人が代表曲♬もしもピアノが弾けたならを歌うものだが、ワンコーラス目は1981年に西田さんが紅白に初出場してこの曲を歌っている映像が巨大モニターに映し出され、ツーコーラス目にはドラマ「おんな太閤記」、「西遊記」、「池中玄太80キロ」などの映像が流れ、胸に熱いものがこみあげてくるのを禁じえなかった。審査員の一人として感想を求められた内村光良が声を詰まらせながらコメントしているのが印象的だった。
思わず興奮したのは、1988年のデビュー以来紅白出場をしなかったメガヒットメーカーのB‘zが出演した舞台だ。朝ドラ「おむすび」で主題歌♬イルミネーションを歌っているという繋がりから、今回限りでの出演だと思う。ホールとは別のスタジオでその♬イルミネーションを演奏したが、出演はそれで終わらなかった。ギタリストの松本孝弘とボーカリストの稲葉浩志が画面に向かって歩いてくる演出で、何とNHKホールのステージに現れたのだ。そして、代表曲の♬LOVE PHANTOM、♬urltra soulの2曲を披露。客席は興奮のるつぼと化した。僕の妹が熱心なファンなので、この2曲は疎い僕でもよく知っている。事前予告なしの素敵なサプライズだった。
令和なアーティストの“パフォーマンス”が前半から中盤に掛けて続き、昭和のおじさんである僕はほぼBGM的にながら見をしていたが、藤井風あたりから(ということは特別企画のB‘zで盛り上がった以降)、テレビに食い入る。途中、年越しそばは食べたけれど、基本テレビの前にいた。
放送100年という意味付けをして「1970年代に深夜ラジオから生まれたヒット曲」として、南こうせつが♬神田川、イルカが♬なごり雪を歌ったが、この2曲は僕が小学生の頃の曲だから、正確にはドンピシャではないが同世代のカラオケの定番である。嬉しかった。こういう“年忘れニッポンのうた”的なものは続けてほしい。
さらに、THE ALFEEが♬星空のディスタンス、高橋真梨子が♬for you…、さらに特別企画として玉置浩二が♬悲しみにさよならを皆さん久しぶりに出演して歌ってくれたが、これらは我が青春真っ只中の80年代のヒット曲として、懐かしく聴いた。THE ALFEEは41年ぶりの紅白だそう。皆さん、歌唱力が衰えていないのがすごい。
演歌の扱いはこういう形でしか生き残れないのだろうか。水森かおり♬鳥取砂丘はドミノ倒し、三山ひろし♬恋…情念はけん玉リレーのギネス記録への挑戦を絡めるのが恒例になってきた。石川さゆりが被災地を思いながら、♬能登半島を歌い上げたのは良かった。この曲は2003年以来2度目の紅白。2007年以降、♬津軽海峡冬景色と♬天城越えを交互に繰り返す選曲だったが、他にも名曲があることを示してくれて良かった。また、氷川きよしが復活して、♬白雲の城を見事に歌ったのは感動的だった。
白組、紅組のトリの歌唱に痺れた。福山雅治は♬ひとみ、♬少年。MISIAは♬希望の歌、♬明日へ。2曲ずつ丁寧に歌い上げ、心に沁みた。やっぱり「歌」はこうでなくちゃいけないと、昭和のおじさんの僕は思うのだった。