きく麿噺の会 柳家三三「スナックヒヤシンス」古今亭文菊「優しい味」
「きく麿噺の会」昼の部に行きました。
「彼氏ほめ」林家十八/「桃のパフェ」弁財亭和泉/「スナックヒヤシンス」柳家三三/中入り/「優しい味」古今亭文菊/「託おじさん所」林家きく麿
和泉師匠。きく麿師匠の世界観を完全に自分のモノにしているのがすごいと思った。他の噺家さんが作った「男女がもめる噺」を演じることがなぜか多いと苦笑していたが、和泉師匠の手に掛かると実にリアリティがあって、面白い。
フルーツ専門店へ行って、タッくんはメロンのパフェを注文し、ヒロコは桃のパフェを注文した。なのに、タッくんはヒロコの桃を一切れ取って食べてしまった。このことをヒロコは怒っている。私は前日からこの店のサイトを見て、悩んだ末に桃のパフェを食べようと決めて、お店で口にするまでを完璧にシミュレーションしていた…桃は6切れあって、桃太郎、桃次郎、桃三郎、桃四郎、ピーチナンバーファイブ、桃月庵桃花と全部に名前を付けていたという…。それなのに!この桃さらいめ!
タッくんは「一ツもらうね」と断ったと言うが、「いいよ」と許した覚えはない。「色々な味を楽しみたかった」と言い訳をするタッくんに、「だったら、フルーツパフェを頼めばいいじゃん!」。そういうところが、タッくんが会社をすぐ辞めちゃって、パチスロばっかりやって、定職に就けない理由なんじゃないかと責めるヒロコ。「こういう高いけど美味しいものを食べると幸せ。明日からまた仕事を頑張ろうという気になれる」とタッくんは言ったが、そもそも明日からの仕事がないじゃないか!とヒロコの怒りは増長し、何度も何度も納得がいくまで、タッくんに謝らせるのだが…。
実はタッくんの注文したメロンのパフェはメロンが4切れしかなくて、そのうちの3切れをヒロコが取って食べちゃったという…。どっちが我儘なんだ?!それなのにタッくんはどうしてヒロコに散々悪口を言われなくてはならないのか。そこに現代社会における男女カップルの女性上位が見え隠れして面白い。
三三師匠。ジュンコママとアキコの年齢を合計すると150歳というコンビの掛け合いが面白い。アキコが柿ピーを食べる仕草をしながら、三三師匠がネタを思い出す時間稼ぎが出来ると言うのが可笑しい。ちなみに三三師匠は今年、19席ネタおろししたそうだが、「まさか最後の19席目がスナックヒヤシンスになるとは」(笑)。
常連のヤマダの悪口を言い合うところ。はじまるよ、はじまるよ、ヤマダの悪口はじまるよ!耳の裏が超臭い、財布がヌルッとしている(芝浜みたいというのが笑える)、ポロシャツ着るとピチッとして乳首が透けて、その下にランニングを着ている…。キモイキモイキモイ、クサイクサイクサイ~。乗り乗りで振り付けまでする三三師匠がキュートである。
そして名曲♬恋のオーライ坂道発進。乗り越えられない坂道を、二人ならば越えられる、踏みしめられるアクセルは、あなたと私の登り坂、踏み込み弱いと後戻り、踏み込み強いと急発進、二人の恋の半クラッチ、恋のかけひき半クラッチ~。ヒロコがヤマダと結婚すると聞いて、ジュンコとアキコはビビクリマンボ!ヤマダですぞ!ヒロコとヤマダに幸あれと思う愉しい高座だった。
文菊師匠。シェフが作るスープが“優しい味”だという触れ込みで吉田さんが友達を毎日のように連れてくるレストランが舞台。実は吉田さんたち客はおかま仲間だという共通点が味噌だ。この噺に出てくる「本当の優しさって何だろう?」に対して、シェフが「人の気持ちに立って考えられるということですかね」と答える部分に裏テーマがあるように思う。
モジャバードさん。小学5年生のときに転校したら、髪がモジャモジャしていて、おかま口調なので、“おかまもじゃ”と渾名をつけられ、苛められた。担任の先生が「山本君のことをおかまもじゃと呼ぶのはやめましょう」と言うが聞かない。すると、豆腐屋のミッちゃんが「山本君の頭は優しい頭なんだ。親から逃げた雛鳥を匿っているんだ。これからは“もじゃバード”と呼ぼうぜ!」と言ってくれたこと。それで、現在経営しているお店の名前が「モジャバード」になった。
カカトちゃん。18歳の夏、東京に出てバイトをしようと、ファミリーレストランで面接を受けた。「いつから来てくれる?」と訊かれたので、「男だけど、ウエイトレスの格好をしてもいいですか」と頼んだ。「いいですよ」と言われて、「優しい」と思ったが、翌日からの仕事は倉庫整理という厳しい業務になった。
私たち、こういう暮らしをしていると辛いこと、悲しいことがある。本当の優しさって何だろう。混んでいるドトールで「相席どうぞ」と言ってくれる髭男子。満員電車で隣にサラリーマンの太腿を触ると、黙って触らせてくれるサラリーマン。小言を言うと、上目遣いで「ごめんなさい」と謝るポッチャリさん…。きく麿師匠がこの噺にこめた深いメッセージをしっかりと受け止めている文菊師匠の高座だと思った。
きく麿師匠。落語協会の「2024新作落語台本募集」で最優秀賞に選ばれた、仁田坂紋加さんの作品である。まるできく麿師匠に宛て書きしたのではないかと思ってしまうくらい、歌を歌う場面が沢山出てくる噺だ。
妻と娘がデパートに買い物に出かけるというので、託児所ならぬ“託おじさん所”に預けられた、ヨシダタカシさん、50歳。ここにはタカシさんと同年代のおじさんたちがいっぱいいて、愉しく時間を過ごしている。妻が週末の度に旅行に出るので毎週末必ず来ているというケイちゃんことケイゾウさんと仲良くなり、タカビッチと呼ばれる。
お歌の時間。「トンボの歌を歌いますよ」と言われ、てっきり♬とんぼのめがねかと思ったら、長渕剛の♬とんぼ。手の遊びでグーチョキパーで何作ろう。両手がパーでせんだみつお。読書の時間は「50代からの投資 年金をあてにしないセカンドライフ」を読む。
昼寝の時間。子守唄に♬聖母たちのララバイ(岩崎宏美)、♬シングル・アゲイン(竹内まりや)、そして♬風のロンリー・ウェー(杉山清貴)。全部、火曜サスペンス劇場のテーマソングという…。おやつの時間はイカの燻製に柿ピー、そしてノンアルコールビール。そして、お別れの時間になると、尾崎紀世彦の♬また逢う日まで。
最初は行くのを嫌がっていたタカシさん、すっかり楽しんでいるという…。特別な趣味を持たずに会社人間で定年を迎える人が増えてしまうと、案外こんな「託おじさん所」が必要になるのかもしれない。