人形町噺し問屋 三遊亭兼好「三枚起請」、そして林家つる子独演会「芝浜」
「人形町噺し問屋~三遊亭兼好独演会」に行きました。「片棒」と「三枚起請」の二席。前座は三遊亭げんきさんが「手紙無筆」、三遊亭けろよんさんが「蟇の油」、ゲストは漫才のすず風にゃん子金魚先生だった。
「三枚起請」。新吉原江戸町二丁目朝日楼内喜瀬川こと中山ミツに騙された男が三人。顔を見てハッと驚いて、尻餅をつき、「夢に出る人とそっくり…でも、夢じゃない。嬉しい!」と持ち上げる手口に三人とも引っかかった。
年は二十三、でも本当は二十五。色白で頬に黒子があり、元は品川にいたが、吉原に移ってきた。伊之助も棟梁も清吉も口を揃えて同じことを言う。女郎は男を騙すのが商売、手練手管を使うのは仕方ないが、起請文を書いてばら撒くというのはいかがなものか。棟梁が言うように、広告かと思った、誰に何枚書けば気が済むのか。
一番歴史が古いのは棟梁で、品川にいた頃からの馴染みで、「来年三月には一緒になろう」というフレーズを毎年繰り返してここまできちゃった。「俺が未だに独身なのは、そのせいだ」というのは可哀想でもある。
お金をかけてしまったのは清吉で、「故郷の母親の病気を治すための借金20円」を何とかしてあげたいという一心から、お店に奉公している妹に頼みこみ、着物を質に出したが5円にしかならないので、ご主人様にお願いして何とか拵えたという苦心談。これを口三味線入りの浪花節で“聞くも涙の物語”とする演出が実に巧くて、可笑しくて、やっぱり兼好師匠は器用だなあと感心した。
「林家つる子独演会 クリスマススペシャル」に行きました。「箱入り」と「芝浜」の二席。開口一番は桂枝平さんで「犬の目」だった。
つる子師匠オリジナル演出満載の「芝浜」をクリスマスイブに聞くこのイベントも今年で3年目だそうだ。これからも続けて、進化する「芝浜」を聴いてもらいたいと意気込みを語っていた。
「芝浜」。まず、魚勝とおみつの馴れ初めが良い。大家のところに来ていた魚勝の売っているアジを見て、店賃を払いに来たおみつが「美味しそう」と言う。「わかるんですかい?」「綺麗な目をしているもの…私、魚を買うとき、目を見るようにしているんです」。嬉しい気持ちになった魚勝は「俺からの気持ち」と言って、おみつにアジをプレゼントする。一旦は拒むおみつだが、「じゃあ、今度会ったときは買わせてください」と約束して、受け取る。魚勝が帰った後、おみつは大家に言う。「あの魚屋さんの目も綺麗だった」「そうだな。あいつは商売を楽しそうにイキイキしている。魚屋という仕事が好きなんだな」。これがきっかけで、大家が仲人になり、魚勝とおみつは夫婦になるのが素敵だ。
魚勝が商いに出なくなったのは、魚屋としてのプライドを傷つけられたからだ。江戸中で一番早くに起きて良い魚を仕入れ、美味しい魚を食べて貰っているという自負があった。それが岩田の隠居に値切られた。「金輪際、お前の家には足を踏み入れない」と啖呵を切った。世の中が不景気ということもあって、魚勝から贔屓が離れていく。ムシャクシャして、酒を飲む。河岸に行きたくなくなる。「明日は行く」と酒を飲んで寝るが、翌朝起きられずに河岸に行くのを休む。そんなことが20日ばかり続いてしまった。
おみつが大家のところを訪ねる。大家も河岸に行かなくなった魚勝を心配していたから、事情を訊くと、「勝五郎は河岸に行った」のだという。でも、それが良くなかったのだと。芝の浜で50両入った財布を拾ってきて、「これは俺のモノだ。毎日遊んで暮らせる。もう、魚屋をやらなくていい」と言って、長屋の連中を呼び込んで、どんちゃん騒ぎしているのだという。
近頃はお酒を一緒に飲んでも、ちっとも美味しくない。河岸へ向かう背中を見て、魚勝と一緒になって良かったと思っていたのに。酒を飲んでばかりの亭主と一緒になんかいたくない。あの人を起こす前に戻りたい。どうしていいのか、わからない。いっそ、夢だったらいいのにと思う…。
すると、大家が閃く。「そうだ!夢にしちまえ!そうすれば、起こす前に戻れるよ」。だが、おみつは「そんなバカなこと信じるわけがない」と言うと、大家は「勝五郎はバカだ…いや、バカ正直だ。きっと信じるよ」。「嘘が嫌いなあの人に嘘をつくことになる」と躊躇うおみつに、大家は「嘘にしなけりゃいい。ちゃんと働いて、この人は大丈夫だと思ったら、本当のことを言えばいい」。妙案である。
おみつは決死の覚悟で嘘をつく。「芝の浜で財布を拾ったのは夢だよ」と言うと、勝五郎はあっさり信じた。そして、「とんでもないことをしちまった。お前に申し訳が立たない。この借金、何とかしてくれないか。働く!酒もやめる!」。元々は腕の良い魚屋だ。贔屓客はすぐに戻ってきた。
1年後に財布は落とし主が見つからず、お下げ渡しになった。しかし、おみつは魚勝に真実をどうしても打ち明けられない。また、元の飲んだくれに戻ったらどうしようと不安なのだ。明日言おう、明日言おうと繰り返しているうちに、月日は流れた。
3年後の大晦日。「借金取りが来ない大晦日は静かでいいな」と言う勝五郎に、おみつは「話がある」と言って、財布を持ってきた。「見てわからないかい?芝の浜で拾った…」。これさえあれば遊んで暮らせる、河岸に行くバカがどこにいる、もう二度と河岸になんか行くものか…お前さんはそう言った。私は一生懸命に働くお前さんに惚れた。お金なんか要らない。楽しそうに河岸に行って、嬉しそうに商いから帰ってきたお前さんと笑い合いながらお酒を飲めれば幸せだった。
財布を持って大家さんのところに相談に行くと、「夢にしろ」と言われた。もう、それしかなかった。うまくいくなくて、どうなっても構わないという覚悟で嘘をついた。お前さんは信じてくれた。そして、一生懸命に働いてくれた。さすが、勝五郎だと思った。でも、真実を打ち明けられなかった。もう少し、この人と一緒にいたい。嘘をついたことが知れたら…と思うと、怖くなった。情けないよね。
今年の夏、お前さんが嬉しそうに帰ってきた。「俺は魚屋になって良かった。岩田の隠居がコチを食べて、美味かった、寿命が延びた、これからも長生きさせてくれと言われたよ。心底、魚屋になって良かった」と言った。もう十分だと思った。謝らなきゃいけないと思った。
私ね、大晦日って大嫌いだった。子どもの頃から借金取りが来て謝っている親を見るのが辛かった。だけど、今年の大晦日ほど楽しみなことはなかった。今まで嘘をついていて、ごめんなさい。堪忍してください。
これに対し、勝五郎が言う。お前こそ、3年間嘘をつき通して、さぞ辛かったろう。堪忍してくれ。この通りだ。そう言って、頭を下げた。美しい夫婦像がここにある。
お下げ渡しになった50両の使い道がふるっている。年明け、長屋の連中を招待し、ご馳走するのだ。今度こそ、これまでの恩返しのどんちゃん騒ぎだ。おみつが勝五郎に言う。「このアジ、美味しいね。お前さんと同じ目をしているよ」。おみつは勝五郎に酒を注がれ、飲む。「美味しい!お酒って、こんなに美味しかったんだ」。湿っぽくない、ハッピーエンドがとても素敵な高座だった。