十二月文楽「曾根崎心中」

十二月文楽公演第三部に行きました。「曾根崎心中」生玉社前の段~天満屋の段~天神森の段。

平野屋の手代・徳兵衛と天満屋の遊女・お初は恋仲であるが、それは結ばれない恋であることが悲劇の始まりだ。徳兵衛の伯父である平野屋の主人は一方的に徳兵衛の縁談の話を進めてしまって、この店の跡取りにしようと考えている。すでに徳兵衛の継母が結納金、二貫目の銀を受け取っている。お初という恋人がいるので、この縁談は断りたいと徳兵衛が言うと、主人は「結納金を返して、大坂から出ていけ」と強硬手段を取られてしまう。

徳兵衛はそれでもお初と夫婦になりたいから、故郷に帰って必死の思いで継母から結納金を取り戻した。悲劇を加速するのは、友人の九平次である。お人好しの徳兵衛は金に困っていた九平次に「三日の期限」をもうけて、その銀を貸してしまう。だが、三日を過ぎても九平次は返済をしないのだ。

徳兵衛が九平次に返済を求めると、「そんな借金、覚えがない」としらを切る。徳兵衛が証文を見せると、そこに押した判は紛失届が出ていて無効であり、逆にお前は偽の証文で銀を騙し取ろうというのか、と居直られてしまう。

おお、なんという濡れ衣。徳兵衛が腕ずくで銀を取り返そうとすると、九平次とその仲間に袋叩きにされてしまう。お初が止めに入ろうとしたものの、客に連れていかれ、徳兵衛は公衆の面前で顔を潰され形だ。「もう生きてはいられない」と悔し涙にくれる姿が哀れである。

天満屋の遊女たちの間では、この生玉神社の一件の噂で持ち切り。お初は心苦しい思いで徳兵衛の身を案じる。そこへ訪ねてきた徳兵衛。天満屋の主人には見えないように、お初は徳兵衛を打掛の裾に隠し、自分の足下に忍ばせる。そこへ、やって来たのは九平次だ…。

ここがこの浄瑠璃の最大の見せ場だろう。太夫は竹本織太夫。九平次が徳兵衛の悪口を言うのを、徳兵衛は縁の下で身を震わせながら聞いている。今にも飛び出そうという徳兵衛をお初は制し、九平次に徳兵衛の身の潔白を訴える。独り言に見せかけ、心中する覚悟を徳兵衛に問うと、徳兵衛もまたお初の足を喉元に当て、決意を伝える…。お初の思い詰めた様子に、さすがの九平次も気味が悪くなり帰ってしまった。

そして、お初と徳兵衛は深夜になって、手を取り合って店を抜け出し、心中の場である天神の森へ急ぐ。二人は来世では夫婦になることを願い、一緒に最期を迎えられることを喜ぶ…。悲しすぎる。これを美しいと言えようか。平野屋主人が二人の仲を許してくれれば…そして、悪友の九平次さえいなければ…。徳兵衛二十五歳、お初十九歳。悲しい幕切れである。