【大相撲九州場所】大関相星決戦は琴櫻が豊昇龍を制し、悲願の初優勝

大相撲九州場所千秋楽、大関・琴櫻が同じく大関の豊昇龍との相星決戦を制して悲願の初優勝を果たした。入門から9年、大関5場所目、27歳での初優勝は祖父である第53代横綱の琴櫻と全く同じというのは単なる偶然だろうか。

28年ぶりに前売りでチケットが完売となった一年納めの九州場所は、一敗の両大関による結びの一番で優勝が決するという素晴らしい盛り上がりで幕を引いた。琴櫻は三日目に王鵬に、豊昇龍は七日目に阿炎に敗れたものの、その後は両大関ともに白星を重ね、十二日目からは二人が優勝争いのトップに並んで譲らない展開となった。

豊昇龍は常に前に出ることを心掛けて相手を攻め込み、右からの投げも冴えて、天性の運動神経の良さだけに頼らない相撲が目をひいた。また、熱海富士戦や大の里戦では相手に押し込まれたが、土俵際で逆転の勝利を収める持ち前の足腰の良さも味方したように思う。

琴櫻はどっしりと落ち着いた土俵が印象的だった。若隆景や若元春に対しては右を差して攻め込んで圧倒、隆の勝や大の里には左上手をとっての投げで決め、連日安定感のある相撲を取り続けた。王鵬に敗れた一番や美ノ海が善戦した相撲以外は連日、「危なげない」という言葉がぴったりの内容だった。

そして、千秋楽結びの一番。豊昇龍が先手を取って突いて攻め、つかさず右上手からの投げを打ったが、琴櫻は慌てず騒がず対応して、最後は叩き込みで豊昇龍を土俵に這わせた。攻めの豊昇龍に対し、守りの琴櫻のどっしりとした相撲に勝負の女神が微笑んだ形となった。

琴櫻が14勝1敗の優勝、豊昇龍が13勝2敗の準優勝。来年初場所は琴櫻の横綱挑戦の場所になるのは勿論だが、豊昇龍も内容次第では十分に綱を狙えるチャンスの場所になると思われる。もしかすると、昭和45年春場所に玉乃海と北の富士が横綱に昇進したとき以来の同時昇進もあり得るかもしれない。楽しみである。

新大関の大の里が9勝6敗の成績に終わったのは意外だった。今年夏場所に小結で初優勝し、秋場所でも二度目の優勝を飾って、このまま横綱へ一直線か?とまで思わせる勢いがあったが、そうは問屋が卸さなかった。右を差し、左でおっつけて、ガムシャラに前に出ていくパワー相撲だが、対戦相手に取り口を研究されたというのもあるだろう。攻めても前に落ちない地力をつけ、逆に攻め込まれたときの対応もできる引き出しを作るなど、これからも稽古を積んでいく必要がある。幸い元稀勢の里の二所ノ関親方が稽古台になってくれる強みもあると解説者の琴風さんがおっしゃっていた。二人の先輩大関に負けずに綱獲りを競ってほしい。

二大関以外に九州場所を盛り上げたのは、平幕の隆の勝だろう。十一日目まで一敗で二大関と並んで優勝争いのトップを走った。名古屋場所で照ノ富士と優勝決定戦を戦ったことも自信になったのだろう。終盤に大関、関脇との対戦が組まれ、失速してしまったが、大関・大の里をのど輪攻めから押し切って破った一番は見事だった。11勝を挙げ、敢闘賞を取って見せた笑顔はこちらまで嬉しくなった。

11勝で殊勲賞の阿炎は体重を増やし、もろ手突きで相手を圧倒するパワーがアップした。豊昇龍を引き落とし、大の里を掬い投げで破った相撲はその成果だ。また、10勝の若隆景は一昨年秋場所以来の6回目の技能賞。怪我で幕下まで落ちていたが、今年初場所に幕下優勝を果たして、再び幕内上位に強烈な下からのおっつけを見せる野武士のような力士が帰ってきたのは感慨深い。阿炎、若隆景ともに来場所は三役復帰が濃厚だ。小結の若元春も二桁の白星を挙げた。再入幕の尊富士も二桁勝利、来場所は上位に上がってくるだろう。有望な若手がどんどん出てきて、興味が尽きない。

前頭筆頭の平戸海は4勝、二枚目の宇良は5勝と星はあがらなかったが、連日活きの良い相撲を展開して、土俵を盛り上げた。その象徴が十一日目の両力士の対戦。二度の同体取り直しの末、最後は宇良が押し倒しで勝ったのだが、最後まで諦めずに激しい相撲を繰り広げたことは忘れない。

玉鷲が場所中に40歳の誕生日を迎えた。40代の幕内力士は昭和以降で6人目、戦後に限ると名寄岩、旭天鵬に続き3人目だ。8勝7敗と勝ち越した。この“鉄人”には是非とも昭和11年に記録した能代潟の41歳1カ月の最高齢記録を塗り替えてほしい。

十両の土俵で目を惹いたのは、新十両の安青錦の活躍だ。師匠である元安美錦の安治川親方の現役時代を彷彿とさせる技能相撲が光り、二桁の星を挙げた。また同じく新十両の若碇は7勝8敗と惜しくも負け越したが、牛若丸と渾名される活きの良い相撲で後半白星を重ねた。来場所以降が楽しみな二人である。それと、十両二枚目の伯桜鵬が10勝して再入幕を確実にした。去年の名古屋場所、新入幕のときの快進撃から一転、怪我で幕下まで陥落したが、再びの活躍を願ってやまない。

第52代横綱の北の富士勝昭さんが亡くなった。享年八十二。現役時代は10回の優勝を果たしただけでなく、歌手としてレコードを出し、女性にもててプレーボーイの名をほしいままにして、現代っ子横綱と呼ばれた。引退後は九重親方として千代の富士、北勝海の二人の横綱を育てた名伯楽だった。さらに高砂一門の理事候補から外されると、あっさり55歳で相撲協会を去り、フリーランスになったのも北の富士さんらしい。NHKの専属解説者として時に厳しく、時に優しい語り口で相撲界を長年応援し続け、その人柄は相撲ファン誰からも愛された。現在の相撲人気の偉大なる貢献者のご冥福をお祈りいたします。

さて、横綱・照ノ富士は先場所に続き、2場所連続全休した。膝に抱えた爆弾に加え、腰痛もあり、さらに糖尿病を患っているそうだ。冬巡業からは参加するということだ。だが、次に続く横綱誕生もそう遠くはないだろう。引き際の美学という言葉もある。元気に土俵に姿を見せてくれたら嬉しいけれど、どうか無理をしないでほしいと考える。