つる子抄 林家つる子「中村仲蔵」

「つる子抄~林家つる子ひとり会」に行きました。「初音の鼓」と「中村仲蔵」の二席。開口一番は柳家小きちさんで「がまの油」だった。また、つる子師匠が藤娘を踊った。演奏は藤舎英心さん、堅田喜之祐さん、杵屋五三花さん、藤舎優夏さん、三井千絵さん。

「中村仲蔵」。仲蔵を陰で支える女房のおきしがとても良い。名題に昇進して初めて貰った役が五段目の斧定九郎一役と言われ、「金井三笑の意趣返しだ」と悔しい思いをしている仲蔵に対し、おきしは「良かったね」と言う。初代中村仲蔵がどうやって斧定九郎を演じるのか、楽しみだ。私の父は「定九郎は重役の倅なのに、なぜ山賊の格好をしているのか、合点がいかない。もしかすると、この先、この役を変える役者が出るかもしれない」と言っていた。だから、私は楽しみだと心の底から言うのだ。

心が折れそうになっていた仲蔵にその言葉がどれだけ励みになったことだろう。良い工夫が思い付くように三囲稲荷に毎日お詣りに行く。そればかりでなく、目に付いたお稲荷様には必ず手を合わせるようにした。どうぞ、一世一代の斧定九郎を演じさせてください、と。

お詣りの帰りに雨に降られ、蕎麦屋に雨宿りに入ったとき、あとから入って来た浪人風の一人の旗本を見て、仲蔵は閃いた。「定九郎だ!」。自分のことをジロジロと観察する仲蔵に対し、侍は「お前、役者だな。わしの姿を舞台で表したら承知しないぞ」と言われるが、仲蔵は夢中で意に介さなかった。

五段目に係わる人間、衣裳、大道具、小道具…全員を集めて、思い付いた工夫に協力してもらえるように根回しをする。そして、初日が開幕。白塗り、黒紋付、水が滴る傘、血糊を使った演出…これまで観たことのない斧定九郎に観客は息を飲み、唸った。だが、「日本一!」「堺屋!」といった掛け声はかからず、場内は静まり返った。

仲蔵は「大しくじりだ。芝居に穴を開けてしまった…」と思い、逃げるように家に帰った。「どうだった?」と尋ねるおきしに、「駄目だった」と答える仲蔵。上方へ行って修業のやり直しをすると言う。そのときのおきしの台詞もいい。いってらっしゃい。お前さんがそうと決めたら、そうするがいいさ。また一つ楽しみが増えたよ。一体、どんな大きな役者になって帰ってくるのか。私は大丈夫。ここで三味線教えながら待っているから。お前さんはお前さんの芝居をすればいい。こんな心強い女房がいようか。

外に出た仲蔵の耳に芝居帰りの客の評判が聞こえてくる。良かったな、五段目。あんな定九郎は初めてだ。仲蔵が謎を解いてくれたよ。大した役者だ。明日も観に行こう。仲蔵はどれほど嬉しかったことだろう。

弟弟子が「師匠が呼んでいる」と仲蔵に伝えにくる。仲蔵は師匠に「大しくじりをしてすみませんでした」と頭を下げると、師匠は言う。「何を言っているんだ。大当たりだよ。よくやった。よく思い付いた。芝居小屋に客が沢山押し寄せているぞ。この芝居は何十日続くか、わからない。親方も大喜びだ」。

仲蔵はおきしにこれを伝えにいく。おきしは言う。「良かった。当たり前だよ。私はお前さんの稽古をずっと見ていたんだ。悪いわけがないよ。初代中村仲蔵の斧定九郎は後世まで語り継がれるよ」「俺、狐につままれた気持ちだ」「信心したのがお稲荷様だからね」。亭主を応援する女房の有難さをしみじみ思う高座だった。