池袋演芸場十月余一会 新作ストロング

池袋演芸場十月余一会「新作ストロング」に昼夜で行きました。落語協会と落語芸術協会の垣根を越えて、新作派の芸人が自作を披露する会。発案者の弁財亭和泉師匠とこれに賛同した瀧川鯉八師匠による顔付けで、勢いのある若手二ツ目を中心にレジェンド枠の真打、そして講談と浪曲、色物も入り、寄席形式で構成された。番組は昼夜ともに3時間という聴き応え十分のボリュームだった。

昼の部 「マッチングアプリ」鈴々舎美馬/「広末写真集」桂伸べえ/「ミステリアス・ルイ」春風亭昇輔/「浪曲百人一首 恋歌編」玉川奈々福・広沢美舟/「にんげんこわい」瀧川鯉白/「アジアそば」三遊亭白鳥/中入り/「涙」三遊亭青森/「つばさ」林家彦いち/音曲 桂小すみ/「めめめ」瀧川鯉八

美馬さん、全身赤で統一したファッションで“運命の人”を待ちわびている主人公…何人かの男は全て人違いだったが、最後に職務質問してきた警察官の優しさに心が揺れる。あの警察官が運命の人なのか。伸べえさん、数学の参考書でカモフラージュして念願の広末涼子の写真集を買った主人公のドギマギする様子が伸べえさんのキャラクターに実にマッチしている。昇輔さん、アイドルグループ「虹色パレット」のメンバーの一人、ルイが一日警察署長を務めることに。そうなると本物の警察署長がルイを名乗り、アイドル活動をするという発想が面白い。

奈々福先生、百人一首を節に乗せて唸ると、これが非常に気持ちが乗って心地良い。「浪曲は古臭いと思われている」とおっしゃるが、そんな懸念は吹っ飛ぶ高座だ。鯉白さん、ひきこもりの主人公が怖がる人間という生き物。その怖れを払拭するが如く、座布団を人間に見立てて思い切り抱きしめる高座から“勇気”という言葉が浮かんだ。白鳥師匠、二ツ目時代に寄席でこのネタを演じたときに、当時の小さん師匠や志ん朝師匠が楽屋で聴いていて、途中で「やめろ!」とガチで言われた思い出を感慨深く話した。

青森さん、高校を卒業し、自分は上京、彼女は青森に残ったときの実体験を語る。ゴールデンウイークに帰郷したときの別れ際の悲しみ、そしてほどなくして告げられた別れを切々と語り、高座を降りた。これは新しい形の新作落語なのかもしれない。彦いち師匠、人間皆が翼が生えていて空を飛ぶというパラレルワールド。さも現実かのように描かれ、不思議な感覚に囚われるのが面白い。小すみ師匠、隅田川さえ棹差しゃ届く、なぜに届かぬわが思い。この世界観をワールドワイドにして、ラプラタ川を舞台にピラニアの塩焼きが出てくるのが愉しい。鯉八師匠、チャクラとはサンスクリット語で車輪、廻るという意味。心身の働きを司るエネルギーの出入り口を指す。主人公ヨウコのチャクラが開き、第3の目ができるという…。鯉八ワールドは哲学的だ。

夜の部 「老人vs新作落語」三遊亭ごはんつぶ/「令和が島にやってきた」林家きよ彦/「出生の秘密」柳亭信楽/「今佐の恋の物語」神田茜/「サマンサタブサ」三遊亭ふう丈/「僕への手紙」春風亭昇太/中入り/「バタフライエフェクト」笑福亭茶光/「天使と悪魔」春風亭百栄/太神楽 鏡味仙成/「匿名主婦只野人子」弁財亭和泉

ごはんつぶさん、新作落語家の苦悩を描く。古典しか認めない頑固爺さんたちとの格闘を高座を転げ回りながら表現するのが面白い。きよ彦さん、急速に展開するデジタル社会へのアンチテーゼか。村人はお互いに顔馴染みなので“顔認証”は出来ているし、スナックの支払いは付けが効くので“キャッシュレス”という発想が皮肉でいい。信楽さん、父親の危篤で自分は実の息子ではないと知ったシゲルが最優先にしたものは…。全財産が入った金庫を開ける暗証番号を必死に聞き出した結果、判った番号が健康食品メーカーのフリーダイアルとは!

茜先生、実際にアルバイトをした経験から創作した講談。日本料理店に雇用された主人公タマエは板前のユウジに恋をしてしまうが、思ったことを素直に言えない性格が邪魔をして…。ふう丈さん、同じ町内にある山田精肉店と青山精肉店のどちらで肉を買うか?主人公のケンちゃんはどちらの店も好きなので悩んでしまう。それは恋愛と同じ苦悩なのか。昇太師匠、小学生だった30年前に埋めたタイムカプセルから出て来た自分への手紙。「周りの人と自分を較べないでください」というメッセージにジーンとなる。そして、新沼謙治似だから嫌いだと友達には言っていた女の子が実は好きで、今の奥さんになっていたという…。胸がキュンとなる。

茶光さん、風が吹けば桶屋が儲かる。ひったくり犯を逮捕できたのは市民の連係プレー。元力士、元陸上選手、オペラ歌手が関わっていたが、その発端は女子高生の屁だったというのが可笑しい。百栄師匠、病気の喬太郎師匠の代演。池袋演芸場は自分が新作落語の道を歩むきっかけとなった場所と振り返り、そのときの噺を演じた。二ツ目の栄助が鈴本の代演で古典にするか、新作にするかを悩む過程を、古典の天使と新作の悪魔の間に挟まって実写化しているのが愉しい。いつまでも古びない名作だ。仙成さんも「新作を」と言って、鞠の箱根関所の峠越えをさらに難易度を高くした芸を披露。あっぱれ!

この新作ストロングの発案者である和泉師匠、感慨無量。いつか各々の演者が自作の新作だけで寄席の興行が打てる日を夢見ている。いや、これは夢じゃない。きょうはその一歩を踏み出した日だと思う。そして「匿名~」は名作だ。「丁寧な暮らし」なんていうのはリンネルが勝手に作った呪いの言葉…というのが良い。自分を良く見せようとせずに、自分に甘く、ずぼらで、だらしない生活の何が悪いのか。カニクリームコロッケは半額になるまで待て。行列ができるホイホイ軒のラーメンは皆が食べている定番の醤油をついつい選んでしまうが、そこで味噌を選んでみる勇気こそ大事ではないか。人子の言う一つ一つの言葉を噛み締めながら聴いた。