桃花二葉 桂二葉「まめだ」

「桃花二葉~蝶花楼桃花・桂二葉二人会」に行きました。桃花師匠が「写真の仇討」と「マキシム・ド・呑兵衛」、二葉さんが「向う付け」と「まめだ」、開口一番は三遊亭東村山さんで「やかん」だった。

桃花師匠の「写真の仇討」は7月の桃花三十一夜のネタ卸し、つる子師匠主任の浅草演芸ホール九月上席夜の部の食いつきで聴いており、3回目。口慣れてきた様子が伝わってきたが、三十一夜のネタ卸しの別の演目が聴きたかったなあ。この噺も、「マキシム・ド・呑兵衛」も持ち前の器用さでこなす高座で、個人的には二席中一席はガツン!とした落語を聴きたかった。

二葉さんの「向う付け」。女房から教わった口上を覚えられない喜六のキャラクターになんともいえない可愛さがあるのが良い。帳場を頼まれたもう一人の無筆の男と共同戦線を張って、なんとか難を逃れる様子も愉しい。

「まめだ」は素敵なファンタジーだ。びっくり膏を求めて怪我を治そうとしたのに、貝殻に入っている膏薬の使い方が判らずに死んでしまった仔狸を思いやる右三郎。「わしが殺したようなものだ」と悔やむ右三郎の優しさにしんみりとなる。

毎日、仔狸が絣の着物を着た男の子に化け、銀杏の葉っぱを一銭に変えて膏薬を買い求めに右三郎の母親のところに来ていたことを思うと切なくなる。ああ、何で自分は仔狸の悪戯を懲らしめようと、仔狸が傘に載ったまま、トンボを切ってしまったのか…。右三郎は悔やんでも悔みきれなかったのだと思う。

せめて死んでしまった仔狸を供養してやろうと、寺の住職に経を読んでもらい、近所の人たちに線香を手向けてもらった。銀杏の葉っぱが沢山、秋風に吹かれてハラハラと仔狸の死骸を覆った…。「狸の仲間がぎょうさん香典を届けに来たで」。なんだか、しみじみとした気持ちになった。三田純市先生の名作の世界を二葉さんがしっかり描いてくれた。