代官山落語昼咄 林家つる子「紺屋高尾~高尾編」

晴れたら空に豆まいての配信で「代官山落語昼咄 林家つる子『紺屋高尾~高尾編』」を観ました。

つる子師匠が「紺屋高尾」を高尾花魁を主人公に描いたオリジナル作品だ。嘘まみれの吉原の世界に“本当のこと”を求めた女性の物語として感銘を受ける。

遊女三千人御免の場所と言われるが、花魁という太夫職に就ける女性はほんの一握りだったという真実をきちんと伝えるのが良い。三浦屋の高尾太夫の名跡も十五代続いたそうだが、選ばれし者だけが名乗ることができた。その高尾と間夫の若様とのやりとりが印象的だ。若様は「嘘で固められた世の中で、ここにいると本当の自分でいられる、ありのままの自分でいられる。心が安らぐ」と言う。菓子屋に特別注文して作らせた“窓の月”という最中、窓からしか月を見ることができない花魁のためにプレゼントした。そして、「今度は外の世界から月を見せてやりたい。必ず一緒に月を見よう」と言って、身請けを約束する。

だが、それは儚い夢となってしまった。高尾が三浦屋の旦那と女将に呼び出され、若様のことを訊かれる。最近三か月近く来ていないし、手紙を出しても返事が返ってこないという。すると女将が番頭から聞いたと言って、真実を話す。若様は近江屋の娘と祝言を挙げた、もう忘れた方がいい、こういうことはよくあるんだ、お前に会いたいという客は山ほどいるんだから。そう言われても、高尾は若様に裏切られた悔しさで胸が張り裂けそうになったろう。

高尾には環という同期がいた。花魁という松の位の太夫職になった高尾には遅れを取ったが、高尾とは世間話が気楽にできる仲の良さだった。環にも伊之さんという間夫がいた。その伊之さんが身請けをしてくれることになったと喜びの報告を高尾にすると、高尾は自分のことのように嬉しく思った。逆に高尾が若様に裏切られたことを伝え、「この吉原は嘘でできているから、本当のことを言わなくていい気楽さがあったのかもしれない…情けない」と落ち込んだ。すると、環は自分の髪に挿していた簪を抜いて、「これが私の本当のことだよ」と言って、高尾に渡した。「きっと見つかるよ、本当のこと。あんたに会いたい人は星の数ほどいるんだ」と言って、高尾を励ました。

そして、環の身請けの日。伊之さんが来なかった、「どこに金があるんだろう?と思っていたが、地道に働いて蓄えていたんだと思っていた。そうしたら、盗んだ金だった…そして女と逃げてしまった。遊ばれていたんだね、馬鹿みたい」。高尾が簪を返そうとすると、「それは持っていてよ」と言って、「また二人で本当のことを見つけて、外に出ようね」と環は言った。

だが、何日かして環は剃刀で手首を切り、自害してしまった。高尾は「一緒に外に出ようと言ったじゃないか!嘘つき!」と泣き叫んだ。

環の初七日。女将が高尾のところにやって来て、「ご指名のお大尽のところに行っておくれ」と呼びに来た。高尾は弱音を吐く。「私、もう、環ちゃんのところへ逝きたい」。すると、女将は烈火の如く叱る。「私だって遊女あがりだ。あんたたちの気持ちは痛いほどわかる。でも、お前は三浦屋の高尾花魁なんだ。あんたを高尾にした私たち三浦屋の思いがある。高尾の名は誰もがなれるものじゃない。ああ見えて環は弱い子だった。ずっと心配していた。あの子には伊之さんしかいなかった。だから、あの子は花魁にはさせなかった。だけど、お前は三浦屋の高尾花魁。お前が向こうに逝って、あの子が喜ぶとでも思っているのかい?お前の花魁道中を嬉しそうに見ている環の顔は生涯忘れないよ」。

高尾が上がった“お大尽”が紺屋の職人の久蔵だった。久蔵は3年前に花魁道中を見て、高尾に一目惚れして、3年間思い続け、15両を貯めて会いにきたことを正直に話した。そのことが高尾の心に突き刺さった。「嘘まみれの吉原で、お前さんの本当に賭けてみたい」と言って、頭の簪を久蔵に渡し、「これは大事な人から預かったもの。あちきは来年3月に年季が明けたら、お前さんのところに行く」と約束した。

そして久蔵と高尾は夫婦になった。高尾は「行きたいところがある」と言って、久蔵と一緒に山谷の墓地へ。「この簪を預けてくれた人が眠っているんだ」と久蔵に言った後、環の墓に向かって報告をする。「噓まみれの吉原に、本当のことがあったよ。外に出られたよ。そっちはどうだい?笑っているかい?この簪だけはお前の本当のこと。これを持って、いつになるか判らないけど、必ずお前のところに行く。幸せでいておくれ」。

高尾の手の指先が染物の青に染まっているのを見て、久蔵は「早く洗わないと、落ちなくなってしまう」と気遣うと、高尾は言う。「私、嬉しいんだ。お前の本当の色に染まるのが…」。

虚構の世界の吉原で「本当のこと」を求めて力強く生きた高尾という女性に心を奪われた。