さん喬・権太楼特選集 柳家権太楼「文七元結」

上野鈴本演芸場八月中席初日夜の部に行きました。今席の夜の部は吉例夏夜噺 さん喬・権太楼特選集だ。きょうは柳家さん喬師匠が「心眼」、柳家権太楼師匠が「文七元結」のネタ出しだった。

「金明竹」柳家吉緑/江戸曲独楽 三増紋之助/「歯ンデレラ」林家きく麿/「夏泥」春風亭一之輔/漫才 ロケット団/「つる」柳家三三/「ウルトラのつる」柳家喬太郎/「宇治の柴舟」露の新治/中入り/紙切り 林家楽一/「心眼」柳家さん喬/粋曲 柳家小菊/「文七元結」柳家権太楼

さん喬師匠の「心眼」。茅場町のお薬師様に三七二十一日願掛けして、梅喜の目が明き、上総屋の旦那に会う場面。人力車に乗っている東京で一、ニを競う美人の芸者と自分の女房のお竹ではどちらがいい女かと訊いてしまう。さらに、性懲りもなく女乞食を見つけて自分の女房と比べて、「みっともない」と言ってしまうのは人間誰もが持つ駄目なところだろう。上総屋の「器量はまずいかもしれないが、心根の美しさで言ったら東京どころか日本で一、二を競う、人は見た目より心だよ」という台詞に救われる。

梅喜に岡惚れしている山野小春が「目が明いたから言うんじゃない。お前さんと一つ屋根の下で暮らしてみたい。でも、お前さんにはお竹さんがいる。詮無いことね」と言うと、梅喜が「あんな化け物みたいな女は叩き出しますよ」と返答する。上総屋の言ったことが判っていないなあと思うが、綺麗な芸者にあんな風に言われたら、舞い上がるのも仕方ないのかもしれないとも思う。

お竹が梅喜に向かって言う。「女房の声も忘れたか。お前さんとはどんな苦労でもしてきた。こんなことなら、目が明かない方が良かった」。本当にそう思う。そして、それが夢だと判ったとき、梅喜は高笑いして、お薬師様への願掛けを止めるという。「めくらなんて妙なもんだ。寝ている間だけ良く見える」。目が明かなくてもいい、今ある幸せを大事にしたいという梅喜の気持ちは正しいのかもしれない。

権太楼師匠の「文七元結」。長兵衛に対し、佐野槌の女将が優しくも厳しく諭す場面。二、三日前から風邪をひいて玉子酒を飲んで寝ようとしていたら、「女将に会いたいと言う娘が来ている」。「お久しぶりです」というお久を見て、良い器量になった、そして了見まで綺麗だと思ったと言う。

「お父っつぁんに意見して、飲む、打つ、買うをやめるように言ってください。我が家は借金で火の車なんです。元の優しいお父っつぁんに戻ってほしい。私のような者でも買っていただいて、元のお父っつぁんに戻してください」。この娘の了見の半分でも、お前さんが持っていたら…、お前さんのバカは治らないのかい?

長兵衛が「助けてください。深間にはまって、にっちもさっちもいかなくなっているんです」と言うと、女将は「助けようと思っているから呼んだんだ」。いくら要るんだと問われ、50両もあれば…。「わかった。証文は要らないよ。証文代わりにこの娘を預かる。…店には出さないよ。手元に置いて、身の回りの世話をしてもらう」。50両の返済期限を長兵衛が「三か月」と言うと、女将は「じゃあ、半年経ったら返しておくれ」。それも、今月は2両、来月は3両と細かに返して、一生懸命に働いているところを見せてくれれば、お久は早めに返してやることも考えるという。優しい女将だ。

「ただし、この金を馬鹿なことに使ったら、私は鬼になるよ。この娘を店に出す。悪い病を背負いこむかもしれない。そのときに、私を恨んじゃ嫌だよ」。そう言って、「小言は小言」と酒の支度をしようとするが、長兵衛は「早くこのことをおっかあに伝えたい」と断る。そして、お久に言う。「必ず迎えに来る。辛抱してくれ」「いいの、私のことは。おっかさんを大切にしてあげてね。後生だから」。

長兵衛は佐野槌を出た後、振り返り、「お久、勘弁な!すまねえ!…気が付くのが遅まきだった。まあ、気が付いただけましか」。そう言って、吾妻橋に行くと、身投げしようとしている文七を見つける。「死ななきゃいけないわけ」があると言う文七に「俺は江戸っ子だ。ボロは着てても心は錦。話してごらんよ」。

お店の遣いで預かった50両を掏られてしまったので、死んでお詫びをすると言う文七に対し、長兵衛は「ちっとも偉くない。そんなことしたら、世間は使い込んだと思うぞ」。主人に正直に話して給金から少しずつ返すとか、親兄弟に都合してもらうとか、提案するが、「身寄り頼りがない天涯孤独の身の上。そんな私を世話してくれている主人に申し訳ない」と文七は意固地だ。

長兵衛は50両くらいで命を落とすことはない、もっと命は大切にしろと説くが文七は聞く耳を持たない。「50両なかったら、死ぬのか?」と何度も確認し、長兵衛は決断する。「ついていない。畜生!お久、勘弁してくれ」と言ってから、文七に50両を渡す。「そんな大金、貰う義理はない」と言う文七に対し、「義理なんてないよ!でも、お前は50両ないと死ぬと言うから。人の命は金では買えないんだ」。

「ただ、この50両の理由(わけ)を聞いてくれ。愚痴とか、未練とかじゃないぞ。この金はな、俺を立ち直らせようと娘が吉原に身を売った金なんだ。半年経ったら返さなきゃいけない。これをお前に渡したら、娘は店に出なくちゃいけなくなるだろう。客を取る。悪い病を引き受けるかもしれない。だけど、死ぬわけじゃないんだ」。

人の命は金では買えない。本当にそうだ。この長兵衛の了見がこの噺の最大の眼目だと改めて思った高座だった。