桃花三十一夜~蝶花楼桃花31日間連続独演会

「桃花三十一夜~蝶花楼桃花31日間連続独演会」千秋楽に行きました。ネタおろしは小朝師匠に稽古をつけてもらったという「試し酒」だった。

「行ってくるニャ~」春風亭貫いち/「試し酒」蝶花楼桃花/「代書屋」柳亭市寿/「所沢パラダイス」蝶花楼桃花

「試し酒」は普段聴いている型と細かいところが違っていて、興味深かった。近江屋の飯炊きの久蔵が五升の酒に挑戦するときに使う一升入りの盃。大概は「むさしの」と銘があり、「飲み尽くせない」の洒落になっているというのが相場だが、ここから違う。檜で出来た盃で、蟹が彫ってあり、酒を注ぐと蟹が浮き上がってくるという仕掛け。久蔵は「蟹に飲まれないように、一気に飲んだ」と言うのが可笑しい。

また、久蔵の蘊蓄も変わっている。天照大御神の弟の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が奈良の地に酒をもたらした。三輪山のずぶ六という男が自分の父親に末期の酒を飲ませた。すると甕に入っていた濁り酒が父親の遺骨と混じって、澄んだ酒になり、これが清酒のはじまりだという…。

また、久蔵は越後の出身で、二つの名物があるという。一つは越後獅子。もう一つは千日酒だという。杜氏の太左衛門から分けてもらった酒を庄屋がガブガブ飲んだら、倒れてしまい寝込んでしまった。やがて目が覚めて、その庄屋の吐く息によって周囲の者は三日三晩寝込んでしまった。その太左衛門がオラのじいさまだ…嘘だよ!久蔵の洒落が面白い。

披露する都々逸も変わっている。膝枕させて辺りを見回しそっと 水を含んで口移し。惚れて惚れられて 惚れられて惚れて 惚れて惚れられたことがない。おらとわれとは卵の仲よ おらは白身で黄身を抱く。面白い。

さて、桃花師匠の31日間の挑戦が終わった。小朝師匠は1980年に36人抜きの抜擢で真打に昇進した10年後、1990年10月に銀座博品館で30日間連続独演会を開いて、関係者を驚かせた。そのことを考えると、この師匠にしてこの弟子ありということだろう。キャパシティこそ違うが、ネタおろしを毎日課すという点では桃花師匠は相当大変だったと思う。一昨年に真打に昇進し、去年は浅草演芸ホールで「桃組」と題して女性の芸人だけで10日間興行をするという話題を作った。そして、今年は31日間連続独演会。話題になるようなことを提供して、注目を集めるという手法は師匠小朝譲り、なかなかできるものではない。加えてそれが自分の名前が売れるということだけではなく、落語界全体を見据えているとうのが素晴らしい。

31日間のうち、僕は5日しか行っていないが、以下にネタおろしした演目を列挙する。①地獄八景亡者戯(上)②アニバーサリー(柳家花いち作)③写真の仇討④姫君羊羹(荻野さちこ作)⑤ぼやき酒屋(桂文枝作)⑥やかんなめ⑦アイドル祇園祭(いとうあさこ作)⑧崇徳院⑨ざるや⑩のこった!(川柳つくし作)⑪小野小町(菊池寛原作・春風亭小朝作)⑫クイズの王様(春風亭小朝作)⑬潔癖男子と汚嬢様(桂ぽんぽ娘作)⑭生徒の作文⑮地獄八景亡者戯(中)⑯尻餅⑰コンビニ参観(弁財亭和泉作)⑱追っかけ家族(林家きよ彦作)⑲馬のす⑳花見小僧㉑メルヘンもう半分(三遊亭白鳥作)㉒みんな知っている(林家彦いち作)㉓袈裟御前㉔小町㉕たがや㉖伽羅の下駄㉗妾馬㉘地獄八景亡者戯(下)㉙ライオン(2丁拳銃小堀裕之作)㉚高橋(春風亭昇々)㉛試し酒

こうして見てみると、そのネタの幅広さに舌を巻く。古典落語だけも「妾馬」「花見小僧」「試し酒」のようなトリネタになるものから、「馬のす」「たがや」「尻餅」のような15分高座にぴったりのネタ、「ざるや」「小町」のような小さくて重宝するネタ、「写真の仇討」「やかんなめ」のような珍品…。新作も白鳥師匠、彦いち師匠、つくし師匠、和泉師匠といった先輩の作品、きよ彦さんのような後輩やぽんぽ娘さんのような上方落語家の作品、さらにいとうあさこさんや2丁拳銃の小堀裕之さんという他ジャンルのお笑い芸人さんの作品…と多岐にわたる。そして「地獄八景亡者戯」を3回に分けて演じたのもすごい。そのバイタリティに感服するばかりだ。

今回の三十一夜でもう一つ素晴らしいと思ったことがある。ゲスト枠に落語協会の二ツ目さんを香盤の下から順に31人を出演してもらい、たっぷりと時間を与えたことだ。それに彼らも応え、寄席では掛けることの出来ない大きなネタや得意なネタを桃花師匠目当てのお客様に披露できたことは貴重な体験だったのではないか。

以下に列挙すると①駒平/堪忍袋②扇七/ねずみ③萬都/熊の皮④小太郎/銭湯の節⑤美馬/マッチングアプリ⑥いっ休/百歳万歳⑦杏寿/琉球竹⑧菊正/王子の狐⑨市松/宮戸川⑩黒酒/死神⑪だいえい/死ぬなら今⑫ごはんつぶ/粗忽戦隊ヌケテンジャー⑬小ふね/新聞記事⑭雛菊/幇間腹⑮扇太/蕎麦の隠居⑯歌彦/匙加減⑰与いち/船徳⑱きよ彦/代行サービス⑲やま彦/肉の部位6⑳市好/ちりとてちん㉑佑輔/壺算㉒小はだ/ろくろ首㉓ぐんま/肝つぶし㉔彦三/染色㉕朝枝/のめる㉖市次郎/棒鱈㉗市若/発酵問答㉘㐂いち/堀の内㉙一猿/兵庫船㉚白浪/口入屋㉛市寿/代書屋

自分の独演会じゃないと出来ないだろうというネタをぶつけてきた扇七さん、菊正さん、黒酒さん、歌彦さん、市好さん、ぐんまさん。自分のカラーを知ってほしいと自作の落語をぶつけてきた美馬さん、いっ休さん、杏寿さん、ごはんつぶさん、きよ彦さん、市若さん。だいえいさんや彦三さん、扇太さんは珍品を仕掛けてきた。若手たちの自己アピールの場になっていたことが素晴らしいと思った。

今回の蝶花楼桃花プロデュースは、自分の落語の魅力を知ってもらうことは勿論、落語界全体の活性化という意味においても意義深い試みになったと思った。