鈴本演芸場七月上席 林家つる子「紺屋高尾~久蔵編」、そして桃花三十一夜 蝶花楼桃花「のこった!」

上野鈴本演芸場七月上席千秋楽夜の部に行きました。真打昇進から史上最速で主任を任された林家つる子師匠の10日間の興行もきょうが最終日だった。①しじみ売り②ねずみ③浜野矩随④子別れ~お徳編⑤子別れ~お島編⑥妾馬⑦井戸の茶碗⑧中村仲蔵⑨紺屋高尾~高尾編。そしてきょうは「紺屋高尾~久蔵編」だった。錚々たるトリネタが並んでいるだけでなく、噺一つ一つに独自の視点を加えた工夫があり、末恐ろしい真打が誕生したことを実感した興行だった。

「子ほめ」林家ぽん平/「手紙無筆」三遊亭伊織/奇術 アサダ二世/「寝かしつけ」林家きく麿/「堀の内」隅田川馬石/漫才 ホンキートンク/「お菊の皿」林家正蔵/「悋気の独楽」春風亭正朝/中入り/粋曲 柳家小菊/「素人義太夫」三遊亭歌奴/紙切り 林家楽一/「紺屋高尾~久蔵編」林家つる子

つる子師匠の「紺屋高尾」。きのうが高尾太夫を主人公に描いたつる子師匠オリジナルの高座で、きょうは本来の久蔵を主人公に描いた高座。久蔵の純愛に打たれるが、同時にそれを受け止める高尾太夫の純情にも惹かれる一席だった。

吉原を知らない久蔵が花魁道中を見て、三浦屋の高尾太夫に一目惚れした。「高尾がニコッと笑いかけてくれた」という部分を、鳴り物を入れて再現VTRのように演じる演出がまず良い。

「生涯かかっても会えない」はずの高嶺の花だが、親方は「3年一生懸命に働いて15両貯めて、買えばいい」と久蔵の恋煩いに真摯に向き合うのが素敵だ。これに呼応して、久蔵は「高尾に会いたい」と一心不乱に働いた。すると3年という月日はあっという間に過ぎるものなのだ。だが、久蔵は高尾のことを一日たりとも忘れた日はなかったというのだから、この高嶺の花の恋も実るべくして実ったのかもしれない。

久蔵が高尾と一晩過ごした明け方。高尾が「次はいつ来てくんなますか」と訊くと、久蔵は正直に「3年経ったら、また来ます」と答える。3年かけてお金を貯めないとあなたには会えないのだという。流山のお大尽がなぜ?と高尾が問うと久蔵の独白がはじまる。

もう駄目だ。もう嘘をつきたくない。すみません。あっしは紺屋の職人なんです。嘘をつかないと、あなたに会うことができなかった。3年前に花魁道中であなたの美しさに心を奪われた。あなたに会うためには15両要る、そのためには3年かかる。良い時間というのはあっという間ですね。でも、また会うためにはそうするしかないんです。嘘をついたまま別れるのが嫌だった。必ず3年後に15両貯めて、また会いに来ます。そのときには紺屋の久蔵として会ってください。あなたは天下の高尾花魁。あのときは見るだけだったが、今こうして目の前にいる。なんて素敵なんだろう。でも、あなたは身請けされていなくなってしまうかもしれない。そのときは一つだけお願いがあります。外の世界であっしを見かけたら、「久さん、達者かい?」とニコッと笑ってください。嘘をついたこと、堪忍してください。

高尾が言う。「3年思い続けてくれたんですね」。久蔵は「なのに、嘘をついちまったんだ。すみません」。すると、高尾は「謝らないでください。あなたは嘘つきじゃないから。こんなに嘘にまみれた里で、あなたは本当のことを言ってくれた。嘘というのは、つき通して初めて嘘になるんです」。久蔵の手を見て、「これは紺屋の手の色ですね。見て、私の手の色を。真っ白だろ。これは本当の私の手の色じゃない」。そして吉原の花魁の着物や言葉には本当がない、嘘ばっかりだという。「嘘つきなのは私の方」だという。

久蔵が「でも、綺麗なのは本当じゃないですか。嘘でもいい。あなたに惚れたのは本当なんですから。嘘の世界にも必ず真(まこと)があるはずです」と言うと、高尾は「お前さんはおかみさんはいるのかい?」と問う。「いない」と答えると、来年3月15日に年季が明ける、お前さんのところに行って、おかみさんにしてくれないかい?と願い出る。久蔵の正直に高尾が心底惚れたのだ。その証拠にと、自分の髪から簪を抜いて、「これは大事な人から預かった簪。これを私だと思って持って待っていてください。必ず、お前さんのところへ行くから」。久蔵の純朴に対し、高尾も純情で応える。素晴らしい。

そして、3月15日。高尾が紺屋にやって来る。「久さんはおいででござんすか?…久さん、達者だったかい?」「お待ちしていました…これ、簪」。高尾は「ありがとう」と言って受け取り、髪に戻す。

その後、高尾は紺屋の女房として働く。染めの手伝いをした高尾の手を見て、久蔵が「青くなっちまった。早く水で流さないと落ちなくなってしまう」と言うと、高尾は「私はこれでいいの。こうしてお前さんの色に染まるのが嬉しい」。素敵な純愛物語に酔った。

「桃花三十一夜~蝶花楼桃花31日間連続独演会」第十夜に行きました。第三夜に続き、2回目の参加だ。初日からのネタおろしは①地獄八景亡者戯(上)②アニバーサリー(柳家花いち作)③写真の仇討④姫君羊羹(荻野さちこ作)⑤ぼやき酒屋(桂文枝作)⑥やかんなめ⑦アイドル祇園祭(いとうあさこ作)⑧崇徳院⑨ざるや。そして、きょうは川柳つくし師匠の新作「のこった!」だった。

「道灌」金原亭駒介/「のこった!」蝶花楼桃花/「死神」桃月庵黒酒/「平林」蝶花楼桃花

「のこった!」はたった2人しか部員がいない大学の女子相撲部のA先輩の恋の噺。同じ大学の男子相撲部員と合同稽古をすると、A先輩は男子顔負けの実力を発揮して4年生までを負かしてしまう。すると、そこに現れたのは5年生のB先輩。実はAさんは大学入学時にB先輩の土俵姿に憧れて、女子相撲部を設立したという経緯があったのだ…。思い切ってAさんがB先輩に告白すると…。恋する女心を、桃花師匠が軽妙に笑い沢山の高座に変換した。

きょう一番印象に残ったのは、ゲストの黒酒さんの「死神」。堂々とした落ち着きのある噺運びに感嘆した。桃花師匠の“ネタおろし”は軽いモノばかりが並ぶので、黒酒さんの巧さが際立っていた。