歌舞伎鑑賞教室「恋飛脚大和往来 封印切」

社会人のための歌舞伎鑑賞教室に行きました。演目は「恋飛脚大和往来 封印切」。

亀屋忠兵衛:中村鴈治郎、遊女梅川:市川高麗蔵、槌屋治右衛門:坂東彦三郎、丹波屋八右衛門:中村亀鶴、井筒屋おえん:中村鴈成

毎回観て思うのだが、忠兵衛は大和国の百姓の息子だったが、大坂の飛脚問屋に養子として迎えられ、いわば跡取り息子。許嫁もいて、そのまま真面目に家業に励んでいれば、順風満帆な人生のはず…。なのに、遊女梅川と恋に堕ちてしまい、悲劇の道を歩むことになる。僕には到底理解できないが、おそらく「本気の恋」というのはそういうものなのだろう。

梅川と一緒になるには、250両を払って身請けしなければいけない。50両の前金までは用意できたが、あと200両が何ともできず、梅川を身請けしたいという他の人間が現れるが、それが忠兵衛の友人の八右衛門という…。

梅川は当然惚れている忠兵衛に身請けされたいし、その気持ちを判っている抱え主である治右衛門も何とかしてやりたいと思う。だが、金が敵の世の中。八右衛門が店にずかずかと入ってきて、身請けの代金を畳に投げつけ、胡坐をかく横柄な態度に周囲の者は皆、苦々しく思う。

そして、八右衛門は忠兵衛の悪口を並べる。忠兵衛が用意した前金50両は為替を誤魔化して拵えたもので、それを苦にして橋から飛び込もうとしているところを俺が引き留めて、50両都合してやったのに感謝の気持ちも示さないとか。あいつは大和の国のどん百姓、水呑み百姓の小倅、この八右衛門とは育ちが違う、そんな分際で250両という大金で梅川を身請けしようというのは身分が違い過ぎるとか。

これを二階で聞いていた忠兵衛は激昂して、下りてくる。そして、八右衛門に対抗して、「大和の実家から貰った300両がある」と見栄を張り、懐にある禁断の御用金を出してしまう。ここからの、忠兵衛と八右衛門の子どものような意地の張り合いが見どころだろう。

火鉢に金を打ち付けあい、「お前のはゴツゴツしている。裏庭の石が入っているんじゃないか」、「大和の金は小判の音がしない。土くれで出来ているんじゃないか」、「十日戎の笹についている戎小判じゃないか」…。八右衛門の挑発にまんまと乗せられ、忠兵衛は小判の封印を我慢できずに次々と切ってしまい、小判をあたりに撒き散らしてしまう…。

もう後には退けなくなってしまった忠兵衛に対し、八右衛門が言った台詞がその後の忠兵衛と梅川の運命を暗示していて悲しく響く。

ああ、えらいもんじゃ、えらいもんじゃ。流石は亀屋の若旦那、畏れ入りました。けどな忠兵衛、こりゃ友達のよしみじゃによって言うてやるが、お前の内は、金に一夜の宿を貸す飛脚屋商売、この金がお前の金であったらええけど、ひょっとして味な金であったなら、この首は胴についてはいぬぞよ。

「味な金」=公用金、それを横領した罪は死罪を意味する。忠兵衛は梅川を身請けできたは良いけれど、皆に祝福されながら送り出される二人は、先行きのない逃亡へと突き進むことを覚悟している。取返しのつかない罪を犯してしまった男女の恋模様、この後、心中を覚悟して新口村に行くことになる…。悲劇への序章に胸を痛めた。