木馬亭定席 天中軒雲月「男一匹 天野屋利兵衛」、そして紀伊國屋寄席 神田伯山「小幡小平次」

木馬亭の日本浪曲協会六月定席三日目に行きました。

「琴櫻」天中軒かおり・沢村博喜/「十返舎一九とその娘」三門綾・馬越ノリ子/「出雲の夫婦雛」富士綾那・沢村博喜/「天保水滸伝 鹿島の棒祭り」玉川太福・玉川鈴/中入り/「水戸黄門漫遊記 孝子の訴人」国本はる乃・沢村道世/「寛永宮本武蔵伝 熱湯風呂」神田鯉花/「誓いの証文」港家小柳丸・沢村道世/「男一匹 天野屋利兵衛」天中軒雲月・沢村博喜

綾那さん「出雲の夫婦雛」。宮大工の棟梁である長兵衛は弟子の中で一番腕の良い者を娘のおきょうの婿にすると考えていて、弟子の仙太郎は自分がその婿の座を射止めようとするが…。旅回りの大工である源八がひょんなことから出雲大社造営に参加すると、その腕の見事さに仙太郎は嫉妬するばかりか、おきょうも源八に惚れてしまう…。

長兵衛が源八の腕を見込んで、稲田姫の尊像を任せると、源八は期待に応えようと必死になる。その姿を見たおきょうは源八が良い仕事が出来ますようにと願を掛け、水垢離をする。そのおきょうを見て源八は開眼、おきょうがモデルになって、見事な稲田姫を彫り上げる。嫉妬した仙太郎はその稲田姫の尊像に斬りかかると、それはモデルになっていたおきょうだった…。

おきょうは傷つきながらも「仙太郎ばかりが悪いでない。外の大工に惚れた私にも罪がある。尊像に傷がなくて良かった」。これを聞いた仙太郎は男泣き、愚かなことをしてしまったと許しを乞う。やがて、おきょうの傷も癒え、源八とおきょうは夫婦となり、二代目長兵衛を継いだという…。おきょうの恋心を綾那さんが上手に表現していた。

はる乃さん「孝子の訴人」。代官の寺田佐門次の種牛が盗まれた。「訴人した者には望みの褒美を遣わす」という立札が立つと、坂部村の百姓の与茂作の息子、与茂吉十一歳が訴人した。自分の父親である与茂作が盗んだのだという。そして、朝市で10両2分で売り払い、祖父の法事を済ませたのだという。

与茂作を呼び出し、事情を訊く。3年前に父が長患いから亡くなった、母は眼病となり盲目に、女房は産後の肥立ちが悪く寝たきり…食うや食わずの暮らしが続き、思わず知らず、この牛が自分の牛ならばと悪いこととは知りながら、盗みを働いたと白状する。10両以上の盗みは討ち首だ。

訴人した与茂吉は「褒美に父の与茂作をいただきたい」と願う。代官の寺田は「罪人を渡すことはできない」と言う。すると。与茂吉は「立札は嘘偽りか」と迫る。父親がいないと、残された私たちはどうやって暮らせばいいのだ?家族4人全員討ち首にするか、父を助けるか、どちらかにしてほしいという訴え。誠にもっともである。これを聞いた寺田佐門次は“孝子の心”を褒め、与茂作を無罪放免に。これぞ名代官!と水戸光圀は賞賛し、寺田は仙台五番家老に出世させたという…。黄門様は最後にちょっと出るだけだが、良い読み物だった。

小柳丸先生「誓いの証文」。大坂から江戸に出て、三河屋という鰹節問屋に奉公した喜三郎という男がなぜ江戸に出て来たのかが最後になって判って、良い話を聞いたなあと思った。2年間真面目に奉公して、三河屋主人夫婦にも信頼され、娘のお絹にも惚れられて、婿に迎えたいと言われた喜三郎は突然、叔父が大病で見舞いしたいという嘘をついて暇を貰ったのには理由があったのだ。お絹は自分で縫った肌襦袢を喜三郎に渡し、また戻ってくるのを楽しみにしていると言ったのに。

喜三郎は三河屋を去った後、2年間背負い商いをして資金を稼ぎ、日本橋に淡路屋という練り羊羹屋を開業。これが評判を呼び、店は繁盛した。偶然、この淡路屋に買い物に来たのが、三河屋のお絹。だが、尼の姿になっている。店主が喜三郎だと気が付くと、お絹は駕籠に乗って去ってしまった。

その夜、今度は三河屋の主人が淡路屋を訪れ、喜三郎を問い詰める。お絹は喜三郎が婿になってくれることを望んでいた、それが急にいなくなってしまった、惚れた人に嫌われてしまったと嘆き悲しんだ。あちこちから舞い込む縁談を断るために、髪を下ろした。別に出家したわけではない、縁談除けの尼姿なのだ。きょう、泣いて帰ってきた娘を不憫に思う。頼む。娘を妻に迎えてくだされ、と畳に手をつき懇願する。

すると、喜三郎は桐の箱に入った肌襦袢を出し、「お絹さんの気持ちは忘れたことはなかった」と言って事情を話す。大坂で所帯を持っていたが、女房が不貞の女で莫大な借金を抱えることになった。四枚の借用書があり、これを全て返すために江戸へ出て、自力で金を拵えようと考えた。三河屋さんの婿になれば、借金返済は容易いことだが、己の力でやり遂げたいと思った。三河屋さんの愛と情けを裏切ったこと、お許しください。

「練り羊羹の淡路屋として成功した今、改めてお絹さんを妻に迎えさせてください。私には過ぎたる良い妻です」。お絹の髪が伸びるのを待って、二人はめでたく祝言を挙げ、故郷の大坂に錦を飾ったという…。素敵な読み物だった。

雲月先生「男一匹 天野屋利兵衛」。天野屋利兵衛の意地と松野河内守の情けが沁みる。七歳の息子・吉松が火責めに遭っても、この儀ばかりは申し上げられません。来年の3月か遅くとも4月には調べずとも、利兵衛の方から申し上げます。

その人は元播州浅野様の城代家老を勤める方と口まで出たが、忠義の大石様はじめ浪士の苦労がすべて水の泡になってしまう。我が子の火責めは何のその。そこが我慢のしどころ。血もなければ涙もないと言われても、町人なれども男と見込まれたからには決して白状いたしません。頼まれました甲斐がない。天野屋利兵衛は男でござる!

これを聞いた河内守は「入牢いたせ。身体を労われよ」と言って吟味を終える。すべては判っていての情けある裁き。雲月先生の力強い節、とても説得力がある。

夜は新宿に移動して、紀伊國屋寄席に行きました。

「つる」柳家小きち/「左甚五郎 掛川宿」広沢菊春・広沢美舟/「親子酒」蜃気楼龍玉/「武助馬」瀧川鯉昇/中入り/歌謡漫談 タブレット純/「小幡小平次」神田伯山

伯山先生の「小幡小平次」。初代團十郎を殺害した生島半六の元女房おちかの性悪に痺れる。囃子方の太九郎と名題下の役者の小平次を両天秤にかけ、金を持っている小平次と表向き夫婦になり、太九郎とは裏で間男しているという…。

奥州に巡業に行った小平次から助っ人を頼む手紙が太九郎に送られてくると、おちかはこれがチャンスとばかりに、太九郎に「小平次をやっておくれ」。すなわち、殺せと言う。小平次が名題になるときのために蓄えた百両をおちかは預かっており、邪魔者である小平次を亡き者にすれば、丸く収まり、愉しく暮らせるというおちかの発想が怖い。怖気づいてしまう太九郎に「沼に沈めてしまえ」という…。

太九郎は勇気を振り絞って、小平次を安積沼に釣りに誘う。そして、船べりに何かいると言って、水面に前のめりにさせ、太九郎は小平次を沼に突き落とす。泳げない小平次が必死に這い上がろうとするのを、櫂で叩き、四本の指を小刀で切る。断末魔の声とともに、小平次は沼に沈んだ。そして、太九郎の高笑い。ここの情景描写の陰惨さに息を飲んだ。

太九郎は江戸へ戻って、おちかの家へ。だが、小平次が昨日、先に帰ってきたという。沼に落ちて、風邪をひいた、寒気がすると言って真っ青な顔をした小平次は奥で寝ているという。おちかは太九郎に「意気地がない男だね」と吐き捨てるように言う。「間違いなく殺した」と抗弁する太九郎。

おちかが奥を確認すると、屏風の向こうにいるはずの小平次がいない!「さっき見たのは?」と驚くおちかの足元に四本の指が…。そして、太九郎は「勝手に手が動く」と言って、自分の首を絞める。おちかも「勝手に手が動く」と言って、小刀で自分を刺し、太九郎も刺す。おちかも太九郎もその場に倒れ、絶命した。

そして、二人の喉の奥には切り刻まれた指が詰まっていたという…。そして、死にきれない小平次の亡霊が時々楽屋に現れるというのも、この怪談の本質を表わしている。それは「生きている」小平次…なのである。