愛すべきバカ野郎たち 春風亭一之輔「茶の湯」&「寝床」

上野鈴本演芸場五月中席八日目夜の部に行きました。春風亭一之輔師匠が主任の「愛すべきバカ野郎たち」と題したネタ出し興行だ。この日のネタ出しは「茶の湯」だった。

「粗忽の釘」古今亭志ん松/奇術 アサダ二世/「出目金」古今亭志ん五/「親子酒」むかし家今松/アコーディオン漫謡 遠峰あこ/「鷺取り」春風亭一蔵/「浮世絵床~夢」隅田川馬石/中入り/漫才 風藤松原/「看板のピン」春風亭一朝/紙切り 林家楽一/「茶の湯」春風亭一之輔

一之輔師匠の「茶の湯」。隠居と定吉がはじめた“風流ごっこ”が、いつのまにか“危険思想の持ち主”の遊びになっているところが、最高に愉しい。

茶釜を消炭と新聞紙を大量に入れてサザエのつぼ焼きみたいにガバンボコンと湯を大涌谷のようにたぎらせ、部屋中に火の粉が舞う情景がすごい。男の茶の湯だ!と棗(なつめ)を漱石もしくは雅子と呼んで、青黄粉をゴリラの耳かきで掬って、何と洗面器の湯の中に入れる。

思うように泡立たないので、椋の皮を使ったら、想定外の泡が部屋に蔓延し、「夢の国みたいだ!」。飲みようも自己流で、目は宙空を彷徨い、口を半開きにして、泡を吹いて口元から一瞬なくなった隙を見て、一気に口に流し込む。悶絶しながら、口の中の“茶の湯”と格闘し、思い切って呑み込む。そして一言、「風流だなあ」。そんなことを朝昼晩と繰り返したら、そりゃあ、お腹を下すわ。

「この風流を広める!」という危険思想を抱いた定吉は三軒長屋に茶の湯の会の招待状を送るのを手始めに、犠牲者続出。「人を呼んでもてなす快感」(???)の目覚めるという…。何せ、通りすがりの散歩をしている赤の他人を後ろから襲い、麻袋を被せて連行、両手両足を縛られた犠牲者は“ボスからの命令”で無理やり漏斗で口の中に“茶の湯”を流し込まれるのだから堪らない。

これらを実行する数人の集団は黒ずくめの格好で、三角の緑の頭巾を被っており、「茶茶茶団」と名乗っているというのが可笑しい。命令を下しているのは定吉で、籐の椅子に腰かけ、膝に猫を置いて撫でながら、笑っているという姿を想像するだけで、面白い。

隠居の方もすっかり楽しくなって、この茶の湯を「泡之小路」と名付け、久しぶりに訪れた旧友に、「考えてはいけない。感じるのだ。心の赴くままに飲みなさい。泡を制する者は茶の湯を制す」と説くのが凄い。犠牲者となった旧友は口に含んだ茶の湯を何度も戻しそうになりながら堪えるという行為を繰り返し、最後は悶絶しながら呑み込む。「頭が弾けそう」と言う旧友に、隠居は「そうです。自己を解放するのです」。

危険思想の茶の湯、抱腹絶倒の高座だった。

上野鈴本演芸場五月中席九日目夜の部に行きました。春風亭一之輔師匠が主任の「愛すべきバカ野郎たち」と題したネタ出し興行。きょうのネタ出しは「寝床」だった。

「唖の釣り」春風亭朝之助/紙切り 林家楽一/「冷蔵庫の光」弁財亭和泉/「お岩誕生」宝井琴調/民謡 立花家あまね/「短命」春風亭一蔵/「湯屋番」隅田川馬石/中入り/漫才 風藤松原/「たがや」春風亭一朝/奇術 アサダ二世/「寝床」春風亭一之輔

一之輔師匠の「寝床」。一旦へそを曲げて引きこもってしまった旦那を説得する番頭の手腕に一之輔落語の真骨頂を見た。

岩田の隠居は47.5℃の発熱、豆腐屋は厚揚げとがんもどきの大量発注にてんてこまい、金物屋はおかみさんが臨月、乾物屋は無尽の初回で親貰い、提灯屋は鬼灯提灯の大量発注に大忙し、鳶頭は講中のごたごたで成田の不動様まで翌朝5時の上野発で行かねばならない…。皆のあからさまな欠席理由に、金物屋は先月男の子を産んだはず、乾物屋は不正無尽の会でもやっているのだろう、鳶頭は首からロザリオを提げていた、と突っ込む旦那が可笑しい。

一番番頭はお得意先廻り、二番番頭は接待で二日酔い、松どんは中耳炎、竹どんは眼病、梅どんは脱腸、六どんは屋根から落ちた、そして㐂いちと与いちといっ休は揃って自分の会に行っている(笑)…。飼い猫のミケはガァー!と叫んで、旦那の顔を引っ掻いて、去ってしまうのが笑える。

店子は全員店立て、奉公人には全員暇を出す!と言って、自分の部屋に布団をかぶって引きこもってしまった旦那をなんとかしなければならない。その使命を受けた番頭は「万事心得た!」と旦那の部屋へ…。「長屋の衆がお集まりです」に、「うるさい!入って来るな!誰にも会いたくない!ふざけるな!どうせ店立てが嫌だから来たんだろう!どれだけ人を傷つければ気が済むんだ!帰ってくれ!どうせ私は下手だよ。下手な義太夫なんか聴きたくないんだろう!」と駄々っ子みたいな旦那に向かって、番頭は言う。

自分のことをよく判っているよ。あんたは下手だ。何遍でも言ってやる。下手だ、下手だ、下手だ!下手くそ!でもよ、お前は義太夫が好きなんだろう?違うのか?仕事だって、芸だって、上手くこなす奴は沢山いるよ。でも大切なのは、それを好きなのかどうかだろう?義太夫に惚れているか、それが大事なんだ。そうしないと芸に心がこもらない。下手だって、いいじゃないか!俺に聴かせてくれよ、下手な義太夫を!出てきてくれ、下手くそ!

これで心が動いた旦那は言う。「俺に出来るかな?」。番頭が言う。「お前の目は死んでいない。出来るよ。とっておきの下手くそな義太夫を聴かせてくれ!」。極めつけは飼い猫のミケだ。旦那の傍にやってきて、「旦那の義太夫がメチャ聴きたい」と人間の言葉を発する。奇跡だ。これに狂喜乱舞した旦那は前言を撤回し、義太夫を語ることに…。

先々代の番頭だった佐兵衛の逸話もすごい。猫の手も借りたい忙しさの中、義太夫を語ると言い出した旦那に対し、「私一人で聴かせてもらいます」と立ち向かった。最初は一段だけと言っていた旦那は夢中になって我を忘れて何段も語り、佐兵衛さんの顔面は蒼白、目は充血し、鼻血が出て、髪の毛が真っ白になり、我慢できなくなった佐兵衛さんは蔵に逃げ込むが、どこまでも追いかける旦那は最後に蔵の中に義太夫を注ぎ込んだ。あれ以来、佐兵衛は行方知らずとなり、噂ではドイツに行って共産党に入ったという…。

旦那が義太夫を語り始めると、伊勢屋の戸を叩く音がする。「何を考えているんですか!コロナが完全に収束していないのに、迷惑行為はやめてください!」。自粛警察の人だった。だが、運の悪いことに、旦那の義太夫がその自粛警察に直撃して、倒れてしまったというのも愉しい。

下手でも自分を信じて語り続ける心の折れない旦那の義太夫に拍手喝采の高座だった。

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