歌舞伎「夏祭浪花鑑」
四月大歌舞伎昼の部に行きました。「双蝶々曲輪日記 引窓」「七福神」「夏祭浪花鑑」の三演目。
「夏祭浪花鑑」は片岡愛之助が主役の団七九郎兵衛を演じるほか、尾上菊之助演じる一寸徳兵衛の女房お辰も兼ねるという趣向が興味深い。僕が歌舞伎座で観劇を始めてからは、今回を含めると4回観ているが、団七とお辰の組み合わせは平成26年が海老蔵(現・團十郎)・玉三郎、平成30年が吉右衛門・雀右衛門、令和4年が海老蔵(現・團十郎)・雀右衛門。それと令和3年のコクーン歌舞伎で勘九郎・松也を観ている。団七とお辰の二役を兼ねる演出は平成25年のル・テアトル銀座での上演で海老蔵(現・團十郎)が演じて以来で、僕はこの芝居は観ていない。
さて、この狂言のベースにあるのは泉州浜田家家臣玉島兵太夫の息子磯之丞と傾城琴浦の恋である。そして、琴浦に家中の大島佐賀右衛門が横恋慕しているために、磯之丞vs佐賀右衛門という構図を生み出してストーリーが展開することを頭に入れて楽しむと判りやすい。
住吉鳥居前の場。団七は佐賀右衛門の中間と喧嘩して殺してしまった罪で牢に入っていたが、兵太夫の尽力で死罪を免れ、出牢してくるところだ。団七の女房お梶や息子市松、それに日頃から世話をしている釣船三婦が迎えに来ている。
磯之丞は琴浦を身請けしたが、訳あって浪々の身のため、家来筋にあたるお梶のところに身を寄せようと向かっている最中に佐賀右衛門の手下(権と八)と諍いを起こし、三婦が助けてやった。磯之丞を追って来た琴浦に佐賀右衛門が言い寄るところへ、団七が現れて佐賀右衛門を追い払う。
だが、権と八と一緒に佐賀右衛門の一味となった一寸徳兵衛が団七と渡り合う。その間に割って入って仲裁したのはお梶。団七の女房であるお梶と徳兵衛は旧知の仲で、徳兵衛は何かとお梶に世話になっていた間柄だったのだ。これによって、徳兵衛は磯之丞側につくことなる。団七と徳兵衛がお互いに浴衣の片袖を交わして兄弟の義を結ぶところがカッコ良かった。
難波三婦内の場。磯之丞は団七の仲介で道具屋に奉公していたが、その家の娘と恋仲になって心中騒ぎを起こしてしまった。この磯之丞、本当にダメな男だなあ。だから、磯之丞と琴浦は三婦の家に身を寄せているが、琴浦は悋気を起こして、磯之丞に当たり散らしているのもよく分かる。
徳兵衛の女房お辰(愛之助二役目)が、徳兵衛が国許へ戻ることになったと挨拶に来た。そのとき、三婦の女房おつぎが「磯之丞をお辰に預けたらどうか」と提案する。お辰は承諾するが、三婦が難色を示す。美貌の持ち主であるお辰に対し、磯之丞は何をしでかすかわからない。確かにそうだ。徳兵衛に顔向けできないし、団七の面目も立たない。
このときのお辰の行動が見せ場だ。心外に思ったお辰は鉄弓を自分の頬に押し当て、火傷をさせて、「これでどうだ!」と言わんばかりに磯之丞を預けてほしいと頼む。お辰の気概というか、女の意地というか、素晴らしい。
長町裏の場。佐賀右衛門の手下の権と八が三婦の家にやって来て、琴浦を連れ去ろうとしたため、義侠心の強い三婦は佐賀右衛門を斬り捨てる!と出掛けた。その隙に、団七の舅の三河屋義平次が「団七に頼まれた」と嘘を言って、琴浦を駕籠に乗せて連れ去ってしまった。入れ違えで三婦は団七と徳兵衛と共に戻ってきて顔色を変える。義平次は褒美の金欲しさに佐賀右衛門に琴浦を渡そうという魂胆だったのだ。団七は慌てて、追っていく。
義平次に追いついた団七は、駕籠を戻してほしいと懇願するが、義平次は悪態をつくばかり。団七は30両を渡すから琴浦を戻してほしいと頼み、やっとのことで義平次は承知し、駕籠は三婦の家に戻る。
だが、団七が約束した「30両」はでまかせだった。それを知らされた義平次は激怒し、雪駄で眉間に傷を負わせる。団七は刀を抜きかけるが、相手は義理の父親だ、辛抱する。それをいいことに義平次は団七を挑発する。そして、揉み合う。弾みで義平次の肩を斬ってしまう団七に向かって、義平次は「人殺し!親殺し!」と叫ぶ。堪えかねた団七は義平次にとどめを刺して殺害した…。夏祭りの喧騒を背景に、それとは対照的な陰惨な殺しの現場が浮き出される。人間の哀しさ、やるせなさが浮き彫りになった幕引きだった。