柳枝 春の夜の夢噺 春風亭柳枝「業平文治」

上野鈴本演芸場四月上席九日目夜の部に行きました。今席は春風亭柳枝師匠が主任で「柳枝 春の夜の夢噺」と題したネタ出し興行だ。①品川心中②休演③笠碁④愛宕山⑤徂徠豆腐⑥明烏⑦鼠穴⑧寝床⑨業平文治⑩三枚起請。きょうは「業平文治」という珍しいネタだったので、伺った。

「一目上がり」柳家しろ八/「のっぺらぼう」春風亭与いち/太神楽 鏡味仙志郎・仙成/「悋気の独楽」春風亭正朝/「疝気の虫」柳家福多楼/漫才 風藤松原/漫談 春風亭勢朝/「時そば」隅田川馬石/中入り/紙切り 林家楽一/「夫婦でドライブ」春風亭百栄/粋曲 柳家小菊/「業平文治」春風亭柳枝

柳枝師匠の「業平文治」は三遊亭圓朝師匠の作品で、全17話あるという。確か柳枝師匠は去年、「柳枝百貨店」という自分の独演会で何回かに分けて演じていた。僕はその高座は拝聴していないが、その発端部分を巧みな話芸で聴かせてくれて、とても面白かった。

頃は安政年間。本所業平村に浪島文治郎という二十四歳になる浪人がいた。父は文吾右衛門といって、さる大名の家来だったが、亡くなってしまって、今は母と暮らしている。真影流の達人で、腕っぷしの強さは七人力。父が遺した田地田畑があるため、金には困っていない。非常に義侠心が強く、弱い者苛めを見て見ぬふりができない心優しい人物。容姿も在原業平のようということから、“業平文治”と渾名された。

杉乃湯という銭湯、今と違って混浴なのだが、そこに通う二十四、五のいい女がいて、それを目当てに通う男がいた。生薬屋の堺屋の奉公人、九兵衛がスケベ心を出して、その女に手を出した。身体に触れたのである。それを見逃さず、女は九兵衛の手拭いを奪い、番台に訴えた。杉乃湯の番頭は困った。この女、“浮き草のお浪”と二つ名前のある、強請り騙り美人局を“まかなの国蔵”と結託して実行する悪党なのだった。

土下座をして「ご勘弁を」と謝る九兵衛をお浪は許さない。すると、そこに文治郎が仲裁に入り、お浪に許してくれないかと掛け合う。梃子でも動かぬお浪に文治郎は切れ、「悪党め!」と言ってお浪を引っ叩いた。七人力の文治郎の怪力だ。ひとたまりもない。すごすごと引き下がるお浪だった。

だが、このことをお浪が国蔵に告げると、国蔵は「暫くは小遣いに困らない」とほくそ笑む。お浪の身体に沢山膏薬を貼って、文治郎の家へと駆けこむ。「うちは貧乏で医者に診せたり、手当てをすることができない。お浪の面倒をこちらで見てくれませんか」。そこに文治郎が現れ、詫び料50両を払うから勘弁してくれと言う。すると、国蔵は「そこに10両足して60両で承知する」と返す。

この台詞を聞いた文治郎は一転、「やい!国蔵!本性を顕したな!ぶち殺してやる!」と言って、国蔵を七発殴って叩きのめした。「きょうは俺の負けだ」と認める国蔵。文治郎は「20両くれてやるから、善人に立ち返れ。堅気になれ」と国蔵を諭す。「もう悪事はしません」と言って、国蔵はお浪ともども逃げ帰った。

それが9月。そして、12月3日の雪の降る夜道を文治郎は子分の森松と二人で歩いていた。湯島天神下に差し掛かったとき、裸足で立っている十八、九の女を見かけた。吹雪に晒され、女は胸を押さえ、倒れた。文治郎は女を抱え、料理屋の立花屋に入る。身体を温めてやり、介抱すると、女の意識が戻った。事情を訊く。女は父親の眼病が治るように、願掛けでお百度を踏んでいたのだという。新居町の医者の翠庵先生によれば、真珠という薬があれば治るのだそうだが、40両もする。文治郎はその場で40両を渡そうとするが、女は「それでは父親に怒られる。父に直に渡してください。それで親子が助かります。必ずお返しします」と願う。

翌日、文治郎は本所松倉町二丁目の小野庄左衛門宅を訪ねる。娘はお町という名前だった。文治郎が庄左衛門に昨晩のことを話し、40両を渡そうとするが、庄左衛門は拒む。盲目の庄左衛門は文治郎の顔を撫で、「若くて立派な方だ。利発で慈悲深い。かたじけない。だが、縁もゆかりもない方から受け取ることは出来ない」。文治郎が「お嬢様のためでもある」と伏してお願いするも、庄左衛門は見えない目に涙を浮かべ「受け取れません。どうしても渡すと言うなら、切腹します。年寄りの我儘を許してください」。お町も「頑固者の父で申し訳ございません」と謝る。

諦めて、文治郎が庄左衛門宅を出ようとしたとき、玄関先で男とぶち当たった。まかなの国蔵である。あれ以来、堅気の職人になって、この長屋に引越してきたのだという。庄左衛門宅の二軒隣だった。「詫びに一杯、やりませんか?」と国蔵に誘われ、文治郎は国蔵宅に上がり込む。

庄左衛門宅に医者の翠庵先生が訪ねて来た。真珠の薬を服用しないと、庄左衛門の目は治らない、ついてはその薬代を肩代わりしてくれる人を連れてきたという。大伴蟠龍軒の門弟の和田原八十兵衛が「大伴先生が面倒を見たいと言っている。ついては、娘さんのお町さんを妾に迎えたい。手付けとして50両持ってきた」と言う。これを聞いた庄左衛門は怒り心頭、「わしは娘を身代わりにして目を治すつもりはない!痩せても枯れても武士である、立ち返れ!馬鹿侍!」。庄左衛門は八十兵衛に食らいつく。お町が金切声をあげる。

この騒ぎを二軒隣で聞きつけた文治郎が仲裁に入る。翠庵と八十兵衛を摘まみ出し、割り下水のドブの中に沈めた。庄左衛門は「世話になった」。文治郎も「何かあったら、国蔵に言ってください」。

ドブから這い出した八十兵衛は道場に戻り、大伴に事の次第を報告する。「文治郎という浪人者にやられた。お町も首を縦に振らない」。これをきっかけに、大伴蟠龍軒と浪島文治郎が血で血を洗う抗争を繰り広げる…。というところで、きょうの高座は終わった。面白い!是非、続きが聴きたいと思った。