新宿末廣亭三月上席 笑福亭羽光「不動坊」
新宿末廣亭三月上席初日夜の部に行きました。主任が笑福亭羽光師匠の興行、Xで「古典のハメモノを頑張る」旨が書かれていたので、おっとり刀で駆け付けた。
「饅頭こわい」桂南海/「石松三十石船」玉川太福・玉川鈴/コント コント青年団/「みんなで覚えようSDGs」笑福亭希光/「反対俥」笑福亭茶光/漫才 オキシジェン/「堪忍袋」笑福亭里光/「牛ほめ」三遊亭小笑/太神楽 鏡味正二郎/「鈴ヶ森」桂歌春/中入り/「くしゃみ講釈」立川寸志/「喧嘩安兵衛」坂本頼光/「宮戸川」昔昔亭A太郎/「親子酒」桂文治/バイオリン漫談 マグナム小林/「不動坊」笑福亭羽光
羽光師匠の「不動坊」、上方版。そもそも上方のネタで、それを三代目柳家小さんが東京に移植した。羽光師匠は本来の「幽霊稼ぎ人です」でサゲたが、これは昔は芸人は「遊芸稼ぎ人」といって、その鑑札がないと商売ができなかったことに由来する。羽光師匠はこのことをマクラで簡単に触れていた。季節を冬にして、幽霊大作戦に向かうときに雪の相方を入れ、幽霊役の講談師が出てくるところも三味線と太鼓を使った鳴り物入りで聴き応えがあった。
大家が利吉に“お滝さんを嫁に迎えないか”と話を持ってきたときの、利吉の驚きと喜び。お滝さんの亭主だった不動坊火焔は九州巡業を終えて、広島で病に罹り、亡くなった。その宿代、医者代、葬式代で締めて35円の借金を結納代わりに肩代わりしてくれる人はいないか。金貸しの利吉が適任と判断した大家のナイスプレーだ。
風呂屋に行って湯船に入った利吉がお滝さんとのやりとりを妄想するところ。「不動坊が生きていたら、こんなところに嫁入りしなくて済んだ、35円という金のために嫌な男に身を任す、金が仇の世の中、みじめだと思っていませんか?」「不動坊のような芸人を亭主に持っていると、上辺は派手なようでも、夏は夏がれ、冬は冬がれ、芸人の息するときは僅かしかない。同じ所帯の苦労をするなら、いっそ堅気の方と苦労がしてみたい…」。興奮して湯船に沈んでしまう利吉が愉しい。
利吉と同じ長屋にいる他の3人の“やもめ”をボロクソに言うのも可笑しい。梳き返し屋の徳さんはワニ皮の瓢箪みたい。活け洗い屋の裕さんは鹿の子の裏みたいな顔。東西屋の新さんは太鼓を威勢よく叩くが、節季の払いはさっぱり。東京落語より辛辣な表現で、この3人が怒りだして、利吉に仕返しをしようと思うのも仕方ないと思う。
不動坊の幽霊役を頼まれた講談師の軽田道斎は彼らよりもしっかりしている。利吉に言う恨みの台詞も堂に入っている。「わしが死んですぐによそへ嫁入りとは、あまりにも胴欲な。それが恨めしくて、浮かばれない。二人とも髪を下ろして、坊主になれ」。これを聞いた利吉は15円を渡して手を打とうとするが、道斎は「4人(徳さん、裕さん、新さん、そして自分)では分けにくい」と思い、5円足して20円を貰うところなど、ずる賢い。
だけど、それでは納得のいかない3人が道斎を吊るしていた褌を思い切り引っ張りあげると、褌が切れてしまい、道斎はストンと落ちて、井戸の縁で腰を打つ。「痛い!」。これを見た利吉が「お前、誰や?」。「隣町の講談師の軽田道斎です」「なんで講談師が幽霊の格好するんだ?」「いえ、幽霊稼ぎ人です」。鳴り物入りの本家上方版「不動坊」を愉しく聴いた。