新春浅草歌舞伎

「新春浅草歌舞伎」第一部と第二部に行きました。第一部は「本朝廿四孝 十種香」「与話情浮名横櫛 源氏店」「神楽諷雲井曲毬 どんつく」の三演目。第二部は「一谷嫩軍記 熊谷陣屋」「流星」「新皿屋舗月雨暈 魚屋宗五郎」の三演目。

「十種香」。上杉謙信の娘・八重垣姫の許婚であった武田信玄の息子・勝頼が、足利義晴が何者かに殺害された責任を取って、切腹させられた。だが、切腹をしたのは偽物の勝頼だった…。このことをしっかり把握した上で、この芝居を観ると興味深い。

中村米吉演じる八重垣姫が勝頼へ寄せる恋心を切々と演じた。勝頼の命日、絵姿に香を手向けて回向していたが、隣の部屋にいる花作りの蓑作(実は本物の勝頼)に気が付く。勝頼に似ている。というか、生き写しである。思わずすがりついてしまうほどだ。八重垣姫は勘違いを恥じるが、蓑作(中村橋之助)に一目惚れしてしまう。そして、腰元濡衣(坂東新悟)に仲立ちを頼むほどだ。

濡衣が条件として、武田家の重宝・諏訪法性の兜を盗み出すように言うと、八重垣姫は蓑作が本物の勝頼だと確信、身の上を明かしてほしいと蓑作に激しく迫る。素性を明かさない蓑作に対し、八重垣姫は自害しようとする勢いだ。これによって濡衣も姫の本気を覚り、蓑作が本物の勝頼であることを伝え、勝頼も心を許し、二人は抱き合う…。と同時に僕は思う。偽勝頼の妻として犠牲になった形の濡衣はその時、どんな気持ちだったのだろうかと。

「源氏店」。尾上松也演じる蝙蝠の安五郎が面白かった。与三郎(中村隼人)を連れて、和泉屋多左衛門の妾宅の源氏店を訪ね、お富(中村米吉)に“わらじ銭”を強請る。大声で騒ぎ立てて、仕方なくお富は一分を渡し、安五郎も満足して帰ろうとするのだが、与三郎がそんな端金じゃあ帰れないといきり立つ。そこから、「しがねえ恋の情けが仇…」とお富のせいで「切られ与三」と異名を取る無頼漢に成り下がった恨み言を言うのだが、もう安五郎の出番じゃないところが何とも剽軽だ。

その上、家主の多左衛門(中村歌六)が帰ってきて、お富と与三郎の事情を察するわけだが、そのときに安五郎の性根の悪さに意見するのが良い。かつて多左衛門の店で奉公していた甚兵衛の息子が安五郎というわけ。お前はいつまでたってもフラフラしていて、駄目な奴だなあというところだろうか。

多左衛門が15両を安五郎を介して与三郎に渡し、この金を元手に堅気になって出直せというのだが、与三郎は意地を張って受け取らない。そこを安五郎が説得して、二人は一旦、その場を立ち去る。そのときの取り分も、与三郎が安五郎に5両渡し、少ないと不服だったが、「それじゃあ一銭もやらない」と与三郎に居直られ、仕方なく承知する安五郎。初めに源氏店を訪れたときとは、完全に立場が逆転しているのが面白い。

「熊谷陣屋」。中村歌昇演じる熊谷次郎直実の心情に思いを馳せる。源義経(坂東巳之助)の命によって、平敦盛を助けるために我が子である小次郎の首を討って、それを身替りにするという…。「一枝を伐らば、一指を剪るべし」という制札の意味を汲み取り、息子の命を犠牲にした悲劇。芝居の始まり、陣屋に戻る直実の花道の出で、直実の顔が無言の中に悲痛な思いが浮かんでいたのはそういうことだったのかと思う。

陣中にやって来た妻の相模(坂東新悟)と敦盛の母の藤の方(中村苔玉)に、直実と敦盛が須磨浦で一騎討ちになり、一旦は落ち延びさせようと思ったが、敦盛自らが首を取るように言ったと嘘の物語りをする直実の心境も辛いものがあったろう。

ここの因縁がまた興味深い。今から16年前、宮中に仕えていた直実は、藤の方に奉公する相模と恋仲になった。相模は子を身籠ったが、二人の不義が露見、罰せられるところを藤の方の計らいで助けられ、小次郎が誕生した。折しも、後白河法皇から寵愛を受けていた藤の方も敦盛を産み落とした。敦盛の身替りに小次郎がなる…それは必然だったのかもしれない。

幕切れ、武士を捨て、我が子を弔うために出家した直実が花道で語る「十六年は一昔、夢だ、夢だ」の台詞に、直実の深い悲しみだけでなく、世の無常や人生の儚さを感じた。

「魚屋宗五郎」。尾上松也演じる宗五郎の不条理な形で妹・お蔦を失った悲しみが良く出ていた。最初はお蔦が奉公する際に磯部の屋敷から賜った200両の金で借金を返し、月々の手当てで何不自由なく暮らせているのは、磯部の殿様のお陰だと皆を諫めていた宗五郎。その恩義から妹の死の悲しみを堪えていたのだが…。

お蔦の同輩の召使おなぎ(中村米吉)が語るお蔦のお手討ちの真相を聞くうちに、宗五郎は身を震わせる。かねてからお蔦に横恋慕していた岩上典蔵(坂東巳之助)が無理やり手籠めにしようとし、これを拒むお蔦を通りかかった浦戸紋三郎が助けた。これを逆恨みした典蔵は「お蔦と紋三郎が不義を働いた」と言い立て、お蔦を寵愛する磯部の殿様(中村隼人)はこれを信じ、怒りに任せてお蔦を引き回し、井戸の中へ斬り捨てたのだという。

宗五郎は罪のない妹を殺された悔しさが爆発してしまった。金毘羅様に願を掛けて禁酒していた誓いを破り、おなぎが持ってきた酒を飲み始める。無念の思いで最初の一杯を飲み干した宗五郎は、二杯目、三杯目にかけて次第に酔いが回って、ついには酒樽から酒を飲み、酒乱になる。女房おはま(坂東新悟)や小奴三吉(中村種之助)が制するのも聞かず、全ての酒を飲み尽くしてしまう。そして、磯部の屋敷に殴り込みに駆け出すのだ。

宗五郎の優しさと弱さが同居した人間臭さみたいなものがプンプンと匂い立ち、愛おしく感じる芝居だった。