歌舞伎「梶原平三誉石切」と「芦屋道満大内鑑 葛の葉」

国立劇場初春歌舞伎公演に行きました。「梶原平三誉石切 鶴ヶ岡八幡社頭の場」「芦屋道満大内鑑―葛の葉―」「勢獅子門出初台」の三演目。

「梶原平三誉石切」。青貝師六郎太夫がなぜ家宝の刀を大庭景親に買い上げてほしいと願い出たのか。そこをしっかり押さえておくと、この物語を興味深く観ることができる。

この刀は「二つ胴」をも容易く斬れる名刀だという。その真偽を確かめるために、死刑が確定した囚人を獄舎から連れ出すのだが、生憎1人しか死刑確定囚がいない。娘の梢に鑑定書を取りに帰らせる(本当は鑑定書などないのだが)間に、胴試しのいま一人は自分が引き受けると六郎太夫は願い出た。

これは娘の難儀を救うためだった。石橋山の合戦で敗れた源頼朝方の武将・真田文蔵は軍資金調達のために、許嫁である梢に廓勤めをして300両を作ってくれと頼んだ。だが、娘にそんなことはさせたくないと考えた六郎太夫は家宝の名刀を売ることで300両を拵えようとしたのだった。

いざ、試し斬りという段になって梢が戻って来る。梢は必死に父の命を助けてくれと懇願するが、聞き届けられない。目利きをした梶原景時が刀を振り下ろすと、斬れたのは囚人一人のみ。六郎太夫は縛った縄が切れただけで、無傷だった。

だが、それは梶原が手加減をしたからであった。では、なぜ手加減をしたのか。刀にあった「八幡」の銘から、この父娘が源氏に所縁の者だと見抜いていた。そして、梶原自身も石橋山の合戦以来、頼朝の器量を知って、平家方でありながら源氏に心を寄せていて、この父娘を助けたいと思ったのだと打ち明ける。

実際、この刀は名刀であった。父娘の影を社前の手水鉢に映し、それを二つ胴に見立て、刀を振り下ろすと見事に石の手水鉢が真っ二つに割れる。尾上菊之助演じる梶原景時の武士としての懐の深さ、優しさに心が打たれた。

「葛の葉」。安倍保名が助けた白狐が恩返しのために葛の葉姫=女房葛の葉に化けて、保名と夫婦になり、一人の男の子をもうけた。ともに暮らし、親子の愛情が育まれていたところに、本物の葛の葉姫が現れ、愛する者と別れなければならないと観念した女房葛の葉の切ない心を思う。中村梅枝が女房葛の葉と葛の葉姫の二役を好演した。

正体を知られてしまっては、もうこの家で暮らすことはできない。保名に打ち明けることを恥じた葛の葉が眠っている息子の枕元で自分の素性を語る。そして、これからは葛の葉姫を本当の母と思い、学問に精を出し、立派に成長するように言い聞かせるところ、胸がキュンと締め付けられる。

我が子との別れを惜しんだ葛の葉は、保名への書置きとして障子に和歌を書き残す。恋しくば 尋ね来てみよ 和泉なる 信田の森の うらみ葛の葉。一部を左手で書いたり、左右反転した文字で書いたり、口で筆をくわえて書いたり。いわゆる“曲書き”だが、葛の葉が狐であることを印象付けるだけでなく、傍へ寄って来る何も知らない我が子を抱いて慈しむ様子が伝わってきて、単なるケレンでないことが良く判る。

人間と狐という垣根を超えて、親子や夫婦の心の交流を情感豊かに描いた演技がとても心に沁みた。