落語一之輔春秋三夜 第三夜

「春風亭一之輔独演会 落語一之輔春秋三夜 2023秋」第三夜に行きました。「もぐら泥」「按摩の炬燵」「柳田格之進」の三席。開口一番は春風亭与いちさんで「のっぺらぼう」だった。

「按摩の炬燵」、ネタ卸し。幼馴染の番頭さんと按摩の米市さんの間の友情というか、絆というか、信頼関係というか、それがしみじみと浮かび上がる。そうでなければ、酒をご馳走する代わりに炬燵になってくれなんて失礼なお願いはできない。寒い毎日でも一生懸命働いている奉公人の為を思う番頭さんと、それに応える米市さんがとても素敵である。

奥に内緒で出された五合の酒、ハゼの佃煮をつまみに飲みながらお喋りする米市さんの人柄も好きだ。「五合?炭団くらいの火を熾せる」「お燗が丁度良いね。下戸がお燗すると煮え燗になっちゃう。人肌だね。松どん?いける口なんでしょ」。

「小林さんの坊ちゃん、九つになるけど、お馬になれっていうんだ。やったよ。そうしたら、目が見えないから家の外まで飛び出しちゃって。似顔を書いたと見せるんだけど、似ているのかどうか、判らない。見てみたいよね」「カカアが欲しいと思うことはある。この前、見合いしたときに、相手の背中を触った。心眼と言ってね、女の了見がわかるんだ。明日も来て、明日も来て、と言われて気に入ってくれたと思ったら、ただ療治してもらいたいだけだった」「コレ(酒)と添い遂げるつもりだよ。身体の中に入って、温めてくれるからね」。目が不自由なことをユーモアに変えて喋る米市さんがとても愛おしく思えた。

炬燵の形になって、奉公人たちが手なり足なりをくっ付けて寝始めてからも、米市さんの問わず語りが沁みる。「徳ちゃん(番頭)は偉いなあ。小さい頃から、庇ってくれた。ガキの頃の仲間の出世頭だ。私が炬燵を入れると下の者が真似をして、粗相を起こして火事になったら大変だ、そう言って番頭さんが炬燵を入れない。人の上に立つ人は大変だな。いい番頭さんで良かったね…奉公は大変だよね。くたびれ果てて、あっという間に寝ちゃう」。米市さんの台詞の中に奉公の大変さを気遣う気持ちがこもっていて、泣けてきた。

「柳田格之進」。曲がったことが大嫌いで、真っ直ぐに生きている浪人・柳田格之進、その柳田に惚れて碁の好敵手としてお付き合いできることを嬉しく思っている商人・萬屋源兵衛。この二人の間に流れる友情が胸に響く。

「柳田もよいがのう。こう融通が利かないと」と疎んじられ浪々の身になった柳田が愚直に自分の信念を曲げないところが好きだ。だが、「なぜ私だけがこのような目に遭わなければいけないのか」と鬱々とした日々を過ごす気持ちも良く判る。そんなときに、囲碁という共通の楽しみを通じて、浪人と商人という身分の違いはあれど、気心が知れる友人が出来たことは、柳田にとって幸せなことだったと思う。

柳田の心の片隅に「町人にこのように饗応を受けていいのだろうか?」という引っ掛かりはあったが、「いずれ自分が世に出たら恩返しすれば良い」と考えていた。それが、八月十五日の十五夜の月見の晩に萬屋の離れから50両が紛失してしまったことで悲劇を呼ぶ。番頭の徳兵衛が柳田を疑う。「とてもいい暮らしではない。出来心というのは誰にでもある。真面目一筋だというが、なぜ浪人をしているのか?」と疑いの目を向けるのに対し、主人の源兵衛は「そのようなことをする方ではない!50両は私の小遣いにしろ!忘れろ!」と怒る。そのことが男の焼き餅を引き起こす。

番頭が柳田を訪ね、「ことによると柳田様がご存じでは?…ご存じなければ、奉行所に届けます」と言うと、柳田は「今は無いが、明日訪ねて来い。わしが出す」。この様子を見ていた娘の絹は賢明だ。「父上、お腹を召すことばかりは、おとどまりください。あらぬ疑いをかけられ、無念かもしれませんが、お腹を召しても柳田の汚名を拭うことにはなりません」。そして、親子の縁を切って、自分の身を吉原に売れと言う。「50両が後に出た折、萬屋の主人と番頭の首を討って、武士の証しを示してください。絹は武士の、柳田格之進の娘です」。

番頭は翌日、柳田から50両を受け取り、主人に報告する。「やっぱり、柳田様でした」。このときの源兵衛のやりきれない気持ちと言ったらないだろう。「馬鹿野郎!誰がそんなことを頼んだ?柳田様はそんなことをする方じゃない。万が一、万万が一、そうだとしても、よっぽどのことがあったのだ。そのときには、私はいくらでも差し上げるつもりだった。主思いの主倒しとは、お前のことだ!」。そして一言、「大事な友達を失くしてしまった」。

煤払いで離れの額縁の裏から50両は発見され、改めて思う。「柳田様はどうやって、あの金を拵えたのか?」。年が明けて、正月五日。年始回りをする番頭は湯島の切通しで、出世をして立派な身なりをした柳田に再会する。正直に打ち明けると、柳田は「出たか。何たる吉日だ」。

翌日、萬屋を訪ねる柳田。主人・源兵衛と番頭・徳兵衛はお互いを庇い合う。柳田が言う。「黙れ、黙れ、黙れ。今さら、未練を申して何になる。娘の絹に申し訳が立たぬ。あの50両は絹が吉原に身を沈めて拵えた金だ」。覚悟する二人。だが、柳田は二人の首は斬らず、碁盤が真っ二つになるだけだった。「主従の情を目の当たりにして、刀の切っ先が鈍った。無念だが、助けて遣わす」。

絹は柳田が500石で江戸留守居役に取り立てられ、店に出る前に身請けすることが出来、他家へ嫁ぐことも決まり、心安らかになったという。その話を聞き、源兵衛は「婚礼の支度万端をさせてください」と申し出た。

婚礼も済み、「罪滅ぼしが出来たとは思えませんが、おめでとうございます」と言う源兵衛に、柳田は「絹も喜んでおる。世話になった」と礼を言った後、こう誘う。「材木町の碁会所に行こうかと思う。お手合わせ願えないか」。萬屋と柳田の友情が修復したという結末、何とも喜ばしい。