立川談笑「慶安太平記」第6話 品川の大砲~牧野兵庫守

立川談笑月例独演会に行きました。4月からスタートした「慶安太平記」全9話、きょうは第6話だ。そして、国立演芸場閉場に伴い、この月例会も来月からは内幸町ホールに移動する。前座の頃に師匠談志のひとり会でよく来ていた「思い出がいっぱい詰まった」演芸場に別れを惜しんで、観客と一緒に拍手を送っていたのが印象的だった。

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由井正雪は伴二人を連れて、浅草寺に飾られた名筆と名高い浅野越中守の「観世音」を拝観しに出掛けた。すると、そこに七尺はあろうかという大男が額を見つめている姿を見つけ、正雪は興味を持ち、接近する。

見事な早業でその男の懐から紙入れを盗み取ると、そこには僅かな小銭と借金の証文しか入っていない。貧しい男だと判断し、茶店で声を掛け、「落とし物ですよ」と先程の紙入れを渡す。男はその紙入れに20両という大金が入っていることに驚く。

男は牧野弥右衛門という。百姓の出だが、口減らしのために江戸に出された。正雪が名乗り、「うちの道場に来ないか」と誘う。牧野の心はもう鷲づかみである。この辺り、正雪の人心掌握術の巧さが光る。

牧野は武術の腕前も達者だったが、得意なものは何かと尋ねると、「砲術」だという。当時はまだそれほど発達していなかったであろう、大砲を扱う術である。

正雪は牛込の隣町にある水野美濃守の許を訪れる。紀州公に召し抱えになりそうだったとき以来の再会に、美濃守も驚いた。「張孔堂の?門弟が5千人と聞いておる」。

正雪はさらに食い込む。「紀州公の姫君が祝言だそうで」。すると、美濃守は「岡山に嫁ぐはずだったが、事情があって3年先まで先送りになってしまった」と漏らす。家来や百姓を大事にする大名である紀州公ゆえ、このご時世に財政逼迫していることまで明かす。

正雪は訊く。「いかほどあれば?」「…5万両ほど」「御用立てしましょう」。駿府の豪農の弟、牧野弥右衛門という男を侍にしたい。ついては、年5千両で10年、お支払いをするから、お願いできないかと条件を出す。

喜んだ美濃守は早速、紀州に手紙を出すが、これにダメ出しをしたのが、安藤帯刀だ。正雪の士分取り立てを潰した男だ。理屈は同じだ。「百姓でも金さえ出せば、侍になれる」というのは駄目。「一芸に秀でているのなら考えても良い」。

牧野弥右衛門は砲術の名手だ、ということを示すために、幕府の許可を貰い、品川沖から大砲を撃つことで、その実力を証明することになった。大砲は2.5メートル、140キロある。その大砲を8月1日4ツに発砲する。

その情報は江戸中の噂となり、桟敷席で見学する幕府のお歴々はもちろん、物見高い江戸中の野次馬が大挙して集まった。大砲は1発のみ。沖から500メートル離れたところに停泊している船の上の標的を見事に撃ち抜いてみせるというものである。

牧野は140キロある大砲を抱え、4キロの弾をこめて、沖の船目掛けて発砲する。息を飲む観衆。ドーン!耳をつんざく轟音。そして、モノの見事に標的のど真ん中を撃ち抜き、水柱が立った。あがる歓声。

牧野は紀州公に200石で召し抱えられることとなった。紀州藩江戸詰めの旗本として働き、内部の情報はしっかりと正雪に伝えるスパイ活動を秘密裏におこなった。紀州藩主の頼宣と牧野はすっかり意気投合し、牧野兵庫守と名を改め、500石となった。

これからの日本のためには今の幕府では駄目である。徳川頼宣は「倒幕のために力を貸す」と連判状にまで印を押し、正雪の掌中に収まったはず…。

だが、正雪の乱は失敗に終わった。その時、牧野は大坂にいたが、摂津にまで出向き、お縄になった。そして、知恵伊豆によって、「あの連判状には牧野が勝手に頼宣の印を押した」ということにされた。そして、鈴ヶ森で処刑されたという。

正雪が優秀な人材を集めて、クーデター計画を着々と進めるが、最終的にそれが失敗となり、集められた人材は哀しい末路を辿ることになるのが淋しい。