ザ・柳家権太楼の了見、そして玉川太福「任侠流れの豚次伝」第9話・第10話

ザ・柳家権太楼の了見に行きました。「らくだ」と「質屋庫」の二席。今月21日から真打に昇進して、柳家福多楼を襲名するさん光さんも出演した。

「らくだ」がとても良かった。火屋まで行く本来のサゲまで。中入り前の長井好弘さんとの対談で、「らくだ」はストーリーで聴かせる噺ではなくて、人間の心理だけを追いかけていく噺だとおっしゃっていた。「結局、らくだの兄貴分、屑屋、火屋のよっちゃん、そして願人坊主の4人の酔っ払いの噺」だと。途中で切ると、ちょっといい人情噺っぽくなるけど、最後まで演ると実にくだらない噺になる。それが、この落語の魅力だという見方に合点がいった。

漬物屋から棺桶代わりの樽を借りて戻ってきた屑屋に、らくだの兄貴分が酒を勧めるところからの二人の心理戦がすごくいい。一杯目は「やさしく言っているうちに飲め」、二杯目は「てめえ、らくだと一緒に土に中に入れてやろうか」、三杯目は無言の圧力。そこまでは兄貴分が優勢だったが、三杯目を屑屋が飲んで「いい酒ですね。余程、カンカンノウが効いたんだ」と言い始めるところから展開が変わる。

「友達に持つなら、あなたのような人を友達に持ちたい」「一文もないのに、これだけのことができるのはすごい。人の為とはよく言うけど、なかなかできるもんじゃない」「自分の頭の上の蠅も追えないのにお節介して、とおふくろに𠮟られるけど、しょうがない、性分なんだよね」「山ほど金を持っているのに、見て見ないふりをする冷たい連中が多いんだ。世の中、そんなものかもしれない」。屑屋が兄貴分に怯えていたのに、急に親近感を持って接してくるものだから、兄貴分も戸惑いを隠せない。

そして、屑屋が悪態をつきはじまる。「らくだ、この人には苛められた」。良い絵があるから二分で買え、と言われ払ったら、自分の背中に彫った般若の刺青を見せて「剥がして、持っていけ」。冗談じゃない。俺だって男だ。堪忍袋の緒が切れた。絞め殺してやろうと思った。でも、いざとなったら出来ない。歳を取ったおふくろの顔が目に浮かび、子どもの可愛い声が聞こえてくる。俺さえ我慢すれば…。で、我慢した。

そして、らくだの兄貴分と屑屋の立場が逆転する。「もう一杯貰おうかな。釜の蓋が開かない?誰の?他人の家の財政に立ち入るんじゃない!」「注げよ。やさしく言っているうちに注げよ。この酒だって、俺がカンカンノウを歌って稼いだ酒じゃないか。お前独りで稼いだように言うんじゃない!」。そして、「兄弟!俺は帰らないからな!」。

この辺りの屑屋とらくだの兄貴分の心理戦の展開が実に興味深い。単純に酒乱によって、立場が逆転するのではなく、話をしていくうちに屑屋の方が正しくて、らくだの非を認めなくてはいけなくなり、屑屋が優位に立っていく様子が実によく描けているように思った。

「質屋庫」は何と言っても、この噺の肝である“繻子の帯の呪い”が実に愉しい。質屋とは因果な商売、と言って旦那が番頭に話す、“おみっちゃん”の喩え話の妄想の具合がとても良いのだ。

外商をしている呉服屋さんが昼食(ちゅうじき)を摂るために上がらせてもらった家で、「目の正月」と言って、「見るだけ見ませんか」と開いた風呂敷包みの中の繻子の帯を、その家のおかみさんであるおみっちゃんが大層気に入った。祝儀不祝儀のときに役に立ちそうな、孫子の代まで使えそうな、帯。売値15円のところを、この際だからと元の6円で売ってくれるという。少し考えさせてほしいと言ったら、そのままその家に置いていった。

おみっちゃんは亭主に相談する。いいじゃないか、と言われ、値を訊かれたときに、つい遠慮して「5円なの」と言ってしまう。1円足りない。そこで毎晩のおかずを少しずつ倹約して、竹筒の中へコロコロストンと貯めていく。94銭になった。あと6銭。亭主が毎晩飲む一合3銭5厘の酒二合を「道で転んでこぼしちゃった」と嘘をつき、何と1円を都合することが出来、繻子の帯を手に入れた。

法事のときにその帯を締めていくと、親戚から「その帯、いいわね」と褒められ、嬉しかった。だが、暮れになって亭主が商売上、「どうしても3円やりくりがつかない」と困っていたので、おみっちゃんは質屋にその繻子の帯を持って行き、3円を拵えた。すると今度はおみっちゃんが病の床で伏せってしまった。看病してくれたのは出戻りの妹。何とか感謝の気持ちを表したいと、自分が何かあったときには形見にあの繻子の帯をあげたいが。思えばあの質屋が憎い…。旦那の詳細な妄想が笑いを呼ぶ、見事な高座だった。

夜は浅草に移動して、玉川太福月例木馬亭独演会に行きました。5月からスタートした三遊亭白鳥師匠作「任侠流れの豚次伝」全10話の連続読みも、今回が最終回である。前回、あらすじを喋る担当になった二番弟子のき太さんがボロボロの惨敗だったので、今回は満を持しての登場。第1話から第8話までのあらすじをほぼ完璧に説明することができ、リベンジを果たしたのは素晴らしかった。

第9話「人生鳴門劇場」

オコン姫様のお陰でカミナリ山の戦いに勝利した豚次とモグ市爺さんは六甲山中を歩いている。四国へ渡りたい。だが、鳴門大橋付近にはお菊たち野犬グループが見張っていて困難を極める状況だ。と、突然そこに牛太郎とチャボ子が現われた。色々あって、名古屋の東山動物園からやってきたという。

東山動物園の文太郎親分からの手紙を携えていた。和歌山にある磯ノ浦水族館に行けば船を出してくれる手筈が整っているという。早速、訪ねるが、水族館というより魚屋の風情だ。水槽にいるのはアジ、サンマ、イカ、イワシ。すると、この水族館を仕切っているというイルカのミチル親分が出てきた。

市民が子供たちに夢を与えようと作られた水族館だが、資金不足で肝心の動物が調達できなくなった。あるとき、イルカのミチルが浜に打ち上げられ、地元民に助けられ、ここの住民となった。25メートルのジャンプが特技だという。そのミチル親分が助けてくれると思いきや、さにあらず。

豚次たちは「運がいいだけだ」と言って、力を貸せないと言う。それでも豚次たちは懇願して、船だけを貸してもらうことで話がついた。この船を自分たちで漕いで、力を合わせて四国へ渡ろうと決意する。

瀬戸大橋や鳴門大橋はマリーや虎雄やお菊が見張っていた。何とか淡路島近くまで漕ぎついた豚次一行だが、鳴門の大渦に飲み込まれてしまう。海の藻屑と消えるかと思われたが、必死に櫓を漕いで心を一つにした結果、何とか渦潮から逃れることができた。

この様子を瀬戸大橋で身を乗り出して見ていたお菊は何者かに突き落とされ、鳴門の渦潮の中へ。マリーが首謀者だ。そのとき、お菊を助けに飛び込んだのは、何と豚次だった。渦潮の中、お菊を抱える豚次。すると、この様子を見ていたミチル親分が救出してくれた。豚次の漢気に惚れたのだ。そして、豚次とミチルは兄弟分になった。男が惚れる男でなけりゃ粋な魚は惚れやせぬ。そうして、一行は四国金毘羅へと向かう。

第10話「金毘羅ワンニャン 獣の花道」

四国に上陸した豚次一行は久しぶりに藁の上で眠る。朝、豚次はモグ市を連れ出す、何か頼み事をする。そして、豚次、牛太郎、チャボ子の三人は金毘羅様を目指して1300段の石段を登る。「奉納」と書かれた旗を掲げて登っているのは、ゴリ長親分に捧げるものがあるので参拝しているという目印で、これによって、マリーをはじめとする野犬の連中は手出しが出来ないという算段だ。

金毘羅様に到着すると、チーターの仙右衛門が待ち構えていた。豚次は奉納品だと言って、ゾウの大政親分の牙を捧げる。六尺はあるはずの牙が余りにも小さいので疑うが、豚次は流山動物園でのハンコ21の件を話すと大いに理解を示してくれた。そして、身内だけで最後のお別れの儀式を執り行った。

そこに現われたのはモグ市爺さん。金毘羅の下から上までトンネルを抜けて来たのだった。ゴリ長親分がこの金毘羅を墓場としたのは、平場だと子分の命が狙われる、洞窟だったら下へ逃げることができると考えたからだった。その情報を知っていた豚次はモグ市に頼んで、トンネルの入口と出口を探しておいて貰ったのだ。

このトンネルを使って、牛太郎とチャボ子は金毘羅を下山する。豚次は「やり残したことがある」と言って、その場に残る。囲んでいた野犬たちとの対決だ。名古屋のラブ平はブル松親分の仇を討とうと襲い掛かる。だが、お菊の密告により、本当はブル松はマリーの手下の虎雄に殺されたことが判明する。名古屋グループは退散することにした。また、お菊を頂点とするドーベルマンの権蔵一家も手を引くことに。

残されたのは、マリーと虎雄だけになった。虎雄が豚次に決闘を挑むが、豚次はビクともしない。逆にパンチを食らう。残るはマリーだが、ここで思わぬ助っ人が入った。モグ市爺さんである。元はレッサーパンダの小次郎として、マリーの用心棒を務めたこともあるアライグマのオスカル。助けてやってほしいと願う。すると、牛太郎がいまだにマリーに恋心を抱いていることも判明する。

仲に入ったのはチーターの仙右衛門だ。「いい気性だ、豚次。ゴリ長親分を思い出すぜ」。豚次が日本中の動物を率いる親分になるかもしれない。その門出を祝い、盛大に送り出す。

豚次、牛太郎、チャボ子、それにモグ市爺さん、マリー、虎雄は一致団結して、千葉の流山動物園に行って、動物園再生を図ったという…。これにて「任侠流れの豚次伝」は大団円を迎えた。