新宿末廣亭七月下席八日目 神田伯山「松江侯玄関先」

新宿末廣亭七月下席八日目夜の部に行きました。三遊亭遊雀師匠と神田伯山先生が5日間ずつ主任を勤める特別興行。きょうの前売り券の整理番号は102番だったので、順当にいけば一階椅子席に座れる算段だったのだが、ハプニングが発生した。自宅最寄駅の都営三田線が運転を見合わせており、急遽タクシーで向かったのだが、開場時刻の16:25に間に合わず、16:35に到着。桟敷席に1席のみ空きがあり、何とか滑り込んだ。フー。きょうは伯山先生が「松江侯玄関先」をネタ出しである。

「和田平助」神田梅之丞/「野狐三次 木っ端売り」神田松麻呂/「赤ずきん」坂本頼光/「よめとてちん」三遊亭遊かり/「強情灸」瀧川鯉斗/奇術 山上兄弟/「竹の水仙」広沢菊春・美舟/「粗忽の使者」三遊亭遊馬/俗曲&踊り 桧山うめ吉/「しばられ地蔵」神田阿久鯉/中入り/紙切り 林家喜之輔/「反対俥」昔昔亭昇/漫談 桂竹丸/太神楽 ボンボンブラザース/「松江侯玄関先」神田伯山

天保六花撰の中でも一番のダークヒーロー、河内山宗俊。度胸が据わっていて、悪知恵が働く、この男の言動に舌を巻く。

質屋の上州屋彦右衛門を訪れ、自分の名前の書かれた木札を見せて、これで50両貸せ、と理不尽なことを言うところからして凄い。中村歌右衛門には「熊谷陣屋」で300両の値が付いたと具体例を出す大胆さ。この願いを取り下げたら、800人いる数寄屋坊主の噂になり、腹を切ることになるぞという恐喝。自信満々なところが河内山の河内山たる所以なのだろう。

上州屋が困っている“取り込み事”を河内山は聞き逃さない。上州屋の主人・彦右衛門の娘、浪路(18)が奉公先の松平出羽守の寝間の伽を断ったことから、座敷牢に閉じ込められてしまったという。これを聞いて、河内山は「面白くなってきた。俺がそれを救うことが出来る」と自信たっぷりなのが凄い。

彦右衛門は「悪い奴がすることは悪い奴に任せる」という考えはもっともだ。河内山の木札を50両で質に借り受けることを承諾する。だが、そんなことでは納得しないのが河内山だ。浪路を出羽守から救う報酬として300両を要求する強欲なところも河内山らしい。

そして、河内山は松平出羽守の許を訪ねる。寛永寺の僧侶・道海と称して、それに見合う格好をして、「宮様のたっての願い」を伝えにきたとする作戦も、河内山らしい悪知恵だ。当家の浮沈に関わる一大事だと脅すところも抜かりない。

何のことか?と出羽守が話を聞くと、宮様と彦右衛門は囲碁好きの親友で、それがために浪路をお宿下がりさせて欲しいとのこと。出羽守は「たかが腰元一人の話か」と簡単に承諾し、浪路に10両を付けて駕籠に乗せ、実家に帰らせた。

だが、出羽守ははたと気づく。「あの道海という僧侶、どこかで見たことがある」。家来の北村大膳を呼び、確かめさせると、道海と名乗る僧は数寄屋坊主の河内山宗俊であることが判る。帰り支度をしていた河内山を呼び止め、そのことを問い詰めるが、河内山は知らぬ顔。だが、左の頬の黒子が何よりの証拠となって、河内山であることが露見する。

だが、河内山は動じない。北村大膳に向って、浪路監禁の悪事について、ある事ない事をお上にペラペラ喋れば、松平出羽守の抱える18万6千石はお取り潰しにすることも出来ると脅す。その脅迫にも似た啖呵の鮮やかさに、ただ圧倒されるばかりだ。

最後には「バーカめ」と吐き捨てるように言って、呵呵大笑する河内山のスケールに、この先に続く「天保六花撰」の魅力が凝縮されている気がして、伯山先生がいつの日か全26話を読むときが来るのがとても楽しみになった。