19時40分の残酷~オモ(重)クラ(暗)い喬太郎~「棄て犬」

鈴本演芸場7月上席六日目夜の部に行きました。「19時40分の残酷~オモ(重)クラ(暗)い喬太郎~」、きょうは「棄て犬」だった。喬太郎師匠の作品に「拾い犬」というネタがあって、これはとてもほっこりする噺だけれど、それとは対照的に、「棄て犬」はとても切ない、胸が苦しくなる噺だ。でも、それがまた喬太郎師匠の唯一無二の味となっていて、素晴らしいのだ。

「道灌」桃月庵ぼんぼり/「猫と金魚」柳家吉緑/奇術 アサダ二世/「幇間腹」柳家さん花/「首領が行く」林家きく麿/漫才 すず風にゃん子・金魚/「雛鍔」柳亭市馬/「酢豆腐」古今亭菊之丞/中入り/ものまね 江戸家猫八/「金明竹」入船亭扇橋/紙切り 林家二楽/「棄て犬」柳家喬太郎

吉緑さん、猫にとって屋根の上は庭みたいなもの。アサダ先生、よく考えたら、きょうは手品、駄目ですわ。紐がこんがらがっちゃう。さん花師匠、188センチ、108キロ。ゴーヤのマラソン。苦み走っている。

きく麿師匠、Vシネマに影響を受けた小学生が愉しい。4年2組のヨシダとタケイ、兄弟盃は牛乳で。にゃん金先生、ノーコメント。市馬師匠、銭が遊んでくれているようなもの。菊之丞師匠、コンツワ!ちょっとイツフク。夏の夜は短いねえ。ショカボのベタボ。メピリ、ハナツン。

猫八先生、ネコの鳴き声をマスターすると保身になる。ヤギとヒツジのやる気の違い。アシカのため息。扇橋師匠、遊女が強情に掃除をする。二楽師匠、鋏試しは芸者さん。注文で、喬太郎師匠、ほおずき市。

喬太郎師匠、本当に切ない物語だ。好きになった男性はすぐ自分のモノにするが、そのうちに飽きてしまって振ってしまう、そういうタイプの女性の身勝手に世の中の男性はどれだけ振り回され、心を痛めてきたか。これは別に女性に限った話ではなく、そういう身勝手な男性もいるとは思うが、僕は男性なので、この噺に出てくるヒトミに対して敵意を抱くと同時に、ユカリやタケシにシンパシーを感じるのだ。

ユカリは可哀想な女性だ。学生時代に付き合っていたタケシをヒトミに奪われ、そして社会人になって何年後かに飼っていた愛犬ペスを、これがタケシの生まれ変わりだと言ってまたヒトミに奪われてしまった。「あなたはタケシを私から二度奪うことになる」と、ヒトミにぶつけた言葉がとても切なく響いた。

ヒトミほど身勝手な女はいない。学生時代に友人のユカリが付き合っていたタケシを好きになってしまい、結果として奪ってしまった。その後に振ったタケシは5年前に酔って車に撥ねられて死んだ。最近見て貰った占い師に「昔大事だった人が犬に生まれ変わっている」と言われ、ユカリの部屋に遊びに行ったら、そこで飼っていたペスという犬がタケシに良く似ていると言って、すっかりご執心となってしまった。

その犬のつむじが中華つむじと言って、ラーメン丼にあしらってある模様で、これがタケシのつむじもそうだった。だから、この犬はタケシの生まれ変わりだと言って、嫌だというユカリに対して、「一生のお願いだから、この子を私に頂戴。私はタケシに罪滅ぼしをしたいのだ」と訴える。ユカリは「あなたは他人のモノを欲しがる癖が治っていない、昔と変わっていない」と強く拒否するが、我儘なヒトミに最終的には折れてしまう。「タケシをあの頃の分まで大事にする」と言うヒトミに対して、ユカリは呆れ、「もう二度と顔を見せないで」と半ば絶交のような形で、その犬、いやタケシをヒトミは奪うように持って帰ってしまった。

可哀想なのはタケシだ。生前、ヒトミに振られた嫌な思い出があるから、ユカリの許で犬のペスとして可愛がって貰っているのが最高に幸せだった。それなのに、我儘なヒトミに強引に引き取られてしまった。犬として最大の拒絶を表現していたのに…。そして、どうだ。ヒトミはタケシという犬を最初にうちは可愛がって飼っていたが、時間が経つにつれ、愛情が冷めていく。ヒトミの中で“うざったい”存在になってくる。そのうち、彼氏を家に入れて、タケシをペスと呼ぶようになり、邪魔者扱いをするようになる。

「何よ、邪魔する気?あなたは私を抱けるの?タケシ、あなたは犬なのよ。イヌコロ、犬畜生。あなたは私を幸せにできないでしょう?犬は所詮、犬なんだよ!」。そう言って、ヒトミはタケシを屋外に放り出してしまう。雨の中、彷徨う犬のタケシの姿が切ない。その三か月後、彼氏とドライブに出掛けたヒトミとは対照的に、土手の下で黒い塊となり、犬の死骸に蠅がたかっていたという最後の図に世の中の無情を感じ、胸が張り裂けそうになった。