日本浪曲協会三月定席初日、そして林家つる子独演会

木馬亭で日本浪曲協会三月定席初日を観ました。先月から「待ってました!」「たっぷり!」などの掛け声が解禁となり、そして今月からは客席での飲食(ただしアルコールは除く)ができるようになった。徐々にコロナ前のモードに各寄席がシフトしていくのがわかる。今年は浪曲中興の祖・桃中軒雲右衛門の生誕150年ということで、「新世代浪曲」と銘打って、興行に活性化を図るようだ。今月は奈々福先生が、来月は太福先生が主任の日があり、いよいよ若手が台頭する時代がやって来る。

「阿漕ヶ浦」玉川わ太・玉川みね子/「琴の爪」天中軒すみれ・広沢美舟/「木村の梅」富士綾那・沢村博喜/「ボロ忠売り出し」玉川奈々福・沢村まみ/中入り/「笹川の花会」玉川太福・玉川みね子/「出世の証文」神田鯉風/「鹿島の棒祭り」玉川こう福・玉川みね子/「瞼の母」三門柳・広沢美舟

玉川の一門が4人も出演ということで、期せずしてお家芸の「天保水滸伝」が三席並んだ。奈々福先生は、ボロ忠のチャッカリ者をユーモラスに描いた。仙台丸屋の勘吉親分の三下奴の忠吉が、200両が入った胴巻きに結城紬、脇差、ぜーんぶ親分のモノだが、目を離した隙に身に付けて、塩竃の賭場に乗り込む様子が楽しい。賭場の元締の丹治に対して、はったりをかまして渡り合い、まぐれで博奕に勝ってしまうラッキーボーイ。そのまま勝ち逃げしようとして袋叩きに遭いそうになるが、信夫の常吉の援護もあり、最終的には男を上げるという、何とも愉快な一席となった。

太福先生は、飯岡助五郎の子分の洲崎の政吉の揺れ動く心理描写が優れている。笹川繁蔵を甘く見た助五郎の言いつけで、代役として花会に参加するが、そこに集まった親分たちは国定忠治をはじめとして錚々たる面々である。「助はどうした?」と訊かれ、ビビッてしまったというのが、本音だろう。身の置き場もない。その上、祝儀の額も他の親分たちが揃って100両という額が貼り出しに並ぶ中、助五郎の出した金額はたった5両。立つ瀬がない。だが、笹川の親分は義理に厚い人だった。「飯岡助五郎、100両」とビラに書かれているのを見て、安堵する政吉は感謝の気持ちしかなかったのではなかろうか。

三門柳先生は新国劇の島田正吾、辰巳柳太郎らの出た芝居を若き日に観た思い出を語り、「瞼の母」へ。番場の忠太郎が捜し求めていた母親にようやく巡り会い、「おっかさん!」と叫ぶが、母親は浮世の義理からそれを認めない。騙りではないか、私の息子は9歳のときに死んだと聞いたとシラを切る。そんなことはないと、懐に100両の金があるのを見せて、認めてもらおうとする忠太郎の切なさ、悔しさが伝わってくる。

妹に当たる母親の娘お登勢が母親から事情を聞き、「自分の息子が可愛くないのか」と諭されると、ようやく我に返る母親。駕籠を誂えて、去って行ってしまった忠太郎の後を追うが…。もはや、忠太郎は実の母親とは縁のなかったものと自分に言い聞かせ、その駕籠が行くのを脇道でそっと見送る。「母の面影は自分の瞼の中に留めておけばよい」と観念した忠太郎の気持ちを思うと胸が締め付けられる。

夜は青砥に移動して、「林家つる子独演会」に行きました。前から二ツ目有望株として注目していたのだが、こうやって独演会に行くというのは初めてだ。生で観ると、さらに「この人はいい!」と思えたので、今後も要チェックだと思った。

「反対俥」は、去年のNHK新人落語大賞本選進出のときにテレビで観たが、生で観たのは初めて。柳家権太楼師匠も若い頃に得意としていたネタだが、最近、大手町落語会でご一緒する機会があり、「この噺は演じ終わって、まだ余裕があるようじゃ駄目だ。高座を降りるときにフラフラになっているくらいじゃないといけないよ」とアドバイスされたそうだ。

兎に角、若さが弾ける高座で、ドラム缶を3つ連続して飛び越えるところは勿論だが、川の中に潜ってしまい、水中の俥屋を表現するところも面白い。そして、高崎に行きたかったのに、反対方向の浜松に着いてしまったら、「じゃあ戻りましょう!」と言って、高座に背を向けて俥をこぐ姿を見せるのも凄い。

二席目は新作「スライダー課長」。これも噂には聞いていたが、聴くのは初めてだ。小学生の息子が少年野球のピッチャーに抜擢され、キャッチボールの相手をしなくてはいけなくなった課長さん。野球のことは全く知識がないので、元野球部だった部下に色々と教えを請うという噺。

プロ野球中継を見て、満塁策を「マン・ルイサク」さんだと思ったり、ホームスチールって、どんな金属なの?と訊いたり、まるで頓珍漢な課長だったが、部下の教えの甲斐があって、変化球を投げられるまでになった。最初は変化球って、ボールが何に変化するの?と訊いていたくらいだったので、恐るべき成長だ。そんな部下は教え上手が認められ、シアトルに支店長待遇で赴任するという…。なかなか面白かった。

トリは「紺屋高尾」。最近、おかみさん目線の『芝浜』(テレビドキュメンタリーに取り上げられた)に続き、高尾太夫目線から描く「紺屋高尾」をあちこちで演じたという情報を得ていたから期待したのだが、残念ながら今回はノーマル版。

久蔵が花魁道中する高尾を見て、こんな綺麗な人と話がしてみたいと思っただけでなく、「目が合った。そのときの(高尾の)目が忘れられなかった」と言う。それに関連して、「今度会えるのは(また15両が貯まる)3年後。もしかしたら、そのときはどこかのお大尽に身請けされているかもしれない。だけど、どこかで会ったときには、その目で『久さん、元気?』と言ってほしい」という台詞が印象的だ。

紺屋の職人だと正直に告白し、「嘘をついていました」と久蔵が泣くと、高尾は「嘘というのはつき通して初めて嘘になる。あなたは本当のことを言ったのだから、嘘つきではない」と言って、3年も自分のことを思い続けていたことに感動し、年季が明けたら女房になりたいと言う。そのときに、つる子さんは自分の髪に差していた簪を外し、それを手元に持ってきて、「これが証拠だ。持っていてください」と言う演出にしたのが良かった。

二人はめでたく夫婦になり、紺屋の店を一軒持つが、高尾も久蔵を手伝い、手の先が藍色に染まってしまう。「洗って色を落とさなきゃ」と言う久蔵に対し、高尾は「あなたの色に染まっていたい」とする終わり方はとても美しいと思った。