文楽「国性爺合戦」
国立劇場で二月文楽公演第二部「国性爺合戦」を観ました。楼門の段の豊竹呂勢太夫、甘輝館の段の竹本錣太夫、紅流しより獅子が城の段の竹本織太夫と続くリレーが素晴らしかった。人形は和藤内が吉田玉佳、鄭芝龍老一官が吉田文司、一官妻が吉田和生、錦祥女が吉田蓑二郎、五常軍甘輝が吉田玉助。
和藤内が主人公の物語だが、今回公演の部分で言うと、錦祥女という一人の女性の思いに心が揺らいだ。
錦祥女。明国の旧臣・老一官が日本に亡命する前、鄭芝龍と名乗っていた時代に先妻との間にもうけた娘だ。彼女が2歳のときに、老一官は日本に亡命している。それが今回、韃靼に攻められている明を救おうと、日本で一緒になった後妻と、その間にもうけた息子・和藤内とともに再び中国大陸に戻ってきた。
そして、甘輝将軍の妻となっている錦祥女を頼って、甘輝の軍に味方になってもらおうとお願いに訪れたわけだ。だが錦祥女も兵士たちの手前、今すぐ会いたいとは言えない。そのときに、老一官が中国を離れる際に形見に渡した自分の姿絵を取り出し、鏡に老一官の顔を映して見比べる。
老いてはいても絵と変わらない父の面影。それで心がほぐれ、錦祥女は長年の父への思いの丈を述べるのが印象的である。だがそれでも、父を入城させることは許されない。韃靼王の掟があるからだ。そこで、老一官の後妻、つまりは錦祥女の継母を縄に掛けて入ることを許す。あくまで夫の甘輝への忠義だ。
錦祥女は継母を厚くもてなす。だが、甘輝が味方につくかどうかは、話が別である。甘輝は悩んだ。そして、ある決断を下す。老一官・和藤内の一派に味方するが、錦祥女を刺し殺すというのだ。それは妻の縁で味方したと言われては末代までの恥になるためだ。
錦祥女は親孝行のためなら命は惜しくないと潔く身を差し出す。すごい覚悟だ。だが、継母は義理の娘を見殺しにはできない、また我が身ばかりか日本の恥になると止める。甘輝は和藤内と敵対せざるを得ないと判断した。
で、錦祥女が和藤内と決めた合図がある。甘輝が味方に付く場合は水路に白粉を流し、付かない場合は紅粉を流すという約束。城外の石橋で紅く染まった水面を目にした和藤内は望みが叶わなかったと知り、城内へ乗り込む。甘輝と対峙する。
そのとき、錦祥女が割って入り、体に突き刺さった懐剣を見せる。水路に流したのは紅粉ではなく、自らの血だったのだ!これを知った甘輝は、和藤内の味方になってほしいという妻の願いを受け入れる。甘輝は和藤内を大将軍と仰ぎ、延平王国性爺鄭成功と名を改めさせ、協力して韃靼勢と戦うことを誓うのだ。
継母の老一官妻は錦祥女の剣を抜いて自らの喉に突き立て、息子たちを鼓舞し、息を引き取る。錦祥女とその継母、二人の女性の死によって韃靼王征伐と明国再興という大願が成就するという…。戦国の世というのは裏で女性の犠牲が伴うものなのか、と複雑な思いになった。