橘家文蔵「飴売り卯助」前科者でも真面目に更生して幸せな暮らしを享受していたのに…男の悲哀を見事に描く

らくごカフェで「ザ・プレミアム文蔵」を観ました。(2022・06・26)

橘家文蔵「飴売り卯助」(松本清張「左の腕」原作)が素晴らしかった。

何より、過去に犯罪を犯し、島流しになった経歴のある卯助が刑期を終えた後は、立派に更生し、幸せな暮らしを享受していたにも関わらず、強請りにあって苦悩する様子が目の前にありありと見えるようで、その人物描写に舌を巻いた。

飴屋を営んで細々と娘のおかよと暮らしていた卯助。そこに、銀次郎が「料亭の松葉屋で父娘二人で働かないか」と声を掛けてくれた。ありがたいことである。暮らしも楽になる。卯助は下足番として、おかよは女中として、一生懸命に働き、評判も良かった。

幸せを邪魔する悪者というのはどこにでもいるものだ。十手持ちの「稲荷の清蔵」。松葉屋で木場の旦那衆がたまにガラポン、隠れて博奕をしているのを嗅ぎつけて、それをネタに女将を強請り、小遣い稼ぎをしている。

それだけだったらいい。卯助に何か「匂い」を感じたというのだろうか。おかよは住み込みで働いているが、卯助は通いである。それは卯助が望んでそうしていることだった。松葉屋には内風呂があるが、「銭湯が好き」だと言って、それにも卯助は入らない。清蔵は怪しいと思い、問い詰めた。

その左の腕に晒しを巻いているのは何だ?卯助は清蔵の質問に対し、言葉に詰まった。晒しの下には、前科者の印である入れ墨がしてあるに違いないと読んだ。おかよが器量良しときている。おかよを自分の女にしたいという魂胆である。

ある晩、松葉屋に押し込みが入った。集団強盗だ。銀次郎が卯助に知らせに行き、卯助は松葉屋に駆けつける。女将さんも、おかよも、他の奉公人も皆、縛られて物置に放り込まれている。

現場に乗り込んだ卯助は、人柄が豹変する。押し込みの盗賊たちに怒鳴り、威圧する迫力がすごい。そうなのだ。昔取った杵柄。盗賊たちは震えあがり、怯える。そして、そのうちの一人が「マムシの卯助親分じゃないですか!」。その男は今は上州を仕切っていて、かつては卯助の子分だった男だ。卯助は越後を仕切っていた名のある盗賊だったらしい。

卯助の命令で松葉屋の人間の縄はほどかれ、解放された。松葉屋にとって、卯助は命の恩人だ。だが、卯助は昔の素性を知られてしまったからには、松葉屋に迷惑がかかると考えた。明日からは飴屋稼業に逆戻りする悲哀が最後に残って、とても印象的な高座だった。