天中軒月子「観世家宝 肉付きの面」職人が丹精こめた作品には、魂が宿る。

木馬亭で「日本浪曲協会定席」を観ました。(2022・02・04)

天中軒月子先生の「観世家宝 肉付きの面」が良かった。曲師は伊丹明師。講談の「肉付きの面」とも、他の一門の浪曲の「肉付きの面」とも違った構成で、感じ入ることの大きい高座であった。

彫刻師の源之助は大相寺の住職から閻魔を彫ってほしいと依頼を受ける。ここで源之助のすごいところは、2つ彫るのだ。そして、出来上がった2つを夜になると玄関先に置いて、通行人がどちらの閻魔に目を回すか、腰を抜かすか、比べてみて、より良い出来の閻魔を納めようという。職人気質である。

案の定、近所では大騒ぎとなり、大家が「変ないたずらはするな」と怒鳴り込んできた。夜のなると、源之助の家には「化け物が出る」と噂でもちきりになっているという。以来、源之助は「閻魔の親方」と呼ばれるようになったほど、評判を取ったというエピソードから入る。

その源之助の元に、ある日、木挽町の観世太夫から将軍の前で舞い納めをするから、能面を彫ってほしいという依頼が舞い込んだ。観世太夫・・・この名前は、源之助とその母親にとっては曰く因縁のある名前だ。

7年前に遡る。源之助が13歳のとき、同じく彫刻師だった父親の源五郎は観世太夫から、般若の面を彫ってほしいと依頼を受け、丹精込めて彫り上げた。源之助はそれを観世太夫に届けに行った。

ところが、観世太夫は酔った勢いもあったか、「この面は死んでいる」と言って、地面に叩きつけ、真っ二つに割ってしまった。源之助は涙をポロポロ流しながら、帰宅し、このことを父に伝える。これを聞いた父・源五郎は仕事部屋に籠ったきり、出てこなかった。職人の名誉を傷つけられた源五郎は、喉を突いて自害してしまったのである。

名人の倅として、「親父の無念を晴らしてやる!」。源之助は形見のノミを手に、全身全霊、2か月をかけて能面を打ち上げた。そして、木挽町の観世太夫の元に届けに行く。

能面を見て、ハッとする観世太夫。呪いの面差しである。凄味がある。あまりの出来栄えの見事さに観世太夫はその場で、能面を被る。すると、顔に吸い付いて、面が取れない。弟子の者に手伝わせるが、どんなに力いっぱい引っ張っても、取れない。

源之助は人払いをさせて、観世太夫と差し向かいになって仔細を話す。7年前、親父の遣いで三十間堀の源五郎の打った般若の面を叩きつけたことを、あなたは忘れたとは言わせない。「この面は死んでいる」と酔って言った一言で、親父は自害した。その一念が通って、いま、この能面があなたの顔から剝がれないのだ。これで、仏も成仏できよう。

やがて、観世太夫の顔から能面は剥がれるが、血が滴っている。これぞ、面が生きている証拠だ。観世太夫は涙をこぼし改心し、禁酒したという。以来、この能面は観世の家宝となったという。

職人が丹精込めて打ち込んだ仕事には、魂が宿っているのだなあ。その職人気質を疎んじた観世太夫への復讐と言うよりも、親子二代にわたる職人の意地に対して拍手喝采の高座であった。