【赤坂大歌舞伎】「廓噺山名屋浦里」傾城に真の恋はあったのである

赤坂ACTシアターで「赤坂大歌舞伎」を観ました。(2021・11・22)

「廓噺山名屋浦里」は2016年8月の歌舞伎座の納涼歌舞伎で初演されて以降、初めての再演である。

とある藩の江戸留守居役を勤める酒井宗十郎の真面目で一本気な性格がこの芝居の一番の眼目だ。他藩の留守居役たちは、夜毎、寄り合いと称して、茶屋で遊興に耽っている。それは間違っているのではないか、と考える酒井は自分の役宅で互いの藩や国の行く末を語り合おうと提案するあたり、本当に真面目な酒井をすごいなあと思う。

それに引き換え、他藩の留守居役たちは、次の寄り合いは馴染みの花魁を「江戸の妻」として互いに披露し合おうという。江戸の妻…すごい表現である。江戸時代、武家の社会ではそういう座興があったのだろうか。当然、酒井は「国許に妻がいるので、そんなことは出来ない」と答える。

だが、風流を知らぬ野暮天、田舎者と罵られ、自分ばかりでなく、自分の藩のことも侮辱されたと思う酒井は、彼らの趣向に応じて、次の寄り合いに出席せねば、面目が立たないと思う。自分の信念を曲げても、武士は面目を大切にするものなのだろう。

ここで酒井と浦里との出会いだ。浦里が池に簪を落としてしまったのを、酒井が池の中に入り、拾ってあげる。その様子を見て、浦里は酒井の優しさに惹かれる。そして、酒井も浦里の美しさに心奪われる。

だから、寄り合いの席に同伴する花魁はこの人、浦里にしたい…。酒井はそう思ったのだ。浦里は吉原で随一の人気を誇る花魁である。だが、それが理由で酒井は浦里に同伴してほしいと思ったのではない。惚れたからである。ここは大事なところだと思う。ナンバーワンを連れてきて、他の留守居役たちの鼻をあかしてやれと考えたわけではないのだ。

酒井の一本気はさらにすごい。浦里に同伴してほしいと思ったら、直接、山名屋を訪ねるのだ。そして、主人の平兵衛に直談判する。すごい。誰かツテを頼って根回しするのではなく、ストレート。これには、平兵衛も困った。気持ちはわかる。だが、吉原の法というものがある。きちんと段階を踏んでもらわないと叶わないことだ。

しかし、この話を陰で浦里が聞いていた。私が行きましょうと名乗りを上げる。それはあの池の中の簪を拾ってくれた云々ではなく、真面目一徹に自分の藩のことを思う酒井に心を動かされたからである。

寄り合いの日。酒井に遅れて茶屋に登場した浦里に、酒井も驚いたが、留守居役たちは大層驚いた。これで面目も立ったというものであろう。だが、これは面目だけの問題ではないと思う。浦里は本当に酒井のことが好きになったのだ。心底惚れてしまったのだ。

後日、酒井は山名屋の主人・平兵衛のところに御礼の金子を持って、現れる。だが、浦里はこれは受け取らないでくれと言う。ここで自らの身の上を切々と語る浦里の台詞が心に沁みる。貧しい両親や兄弟のために、八歳のときに廓へ奉公したこと。酒井の願いを受けたのも、酒井の真心に触れたからであり、金子を受け取ってしまったら、売り物買い物の花魁に成り下がってしまうと。

酒井の一本気もすごいが、浦里の一本気も見上げたものである。

タモリさんが「ブラタモリ」で聞いた話を、笑福亭鶴瓶師匠が落語にし、これを歌舞伎にしたのが本作品である。傾城に真の恋はあったのである。

酒井宗十郎:中村勘九郎 浦里太夫:中村七之助 秋山源右衛門:片岡亀蔵 牛太郎の友蔵:中村虎之介 山名屋平兵衛:中村扇雀