【名人戦 森内俊之vs羽生善治】最強の二人、宿命の対決(3)

NHK総合の録画で「プロフェッショナル 仕事の流儀 森内俊之vs羽生善治」を観ました。(2008年7月15日放送)

きのうのつづき

名人戦は1勝1敗の五分で第三局を迎えた。

羽生はこの一年、名人戦の挑戦者を決めるA級順位戦を圧倒的な勢いで勝ち抜いてきた。その姿はここ数年の羽生とは明らかに違っていた。

若くして頂点を極めた羽生。その桁違いの強さを支えていたのは天才的な閃き、そして驚異的な勝負への執着心だった。どんな劣勢に追い込まれても、最後の一手まで粘り込み、執念の逆転を連発した。しかし、25歳で七冠を制した後、次第にその将棋が変わりはじめる。

羽生が語る。

勝負だけにこだわって指すことには抵抗を感じるようになってきたというのがあります。ただ勝ち負けを争っているだけでは、あまり意味がないんじゃないかと思い始めるようになりました。

30歳を超えると、閃きや記憶力も衰えてきた。迷いと不安の中で、成績にも翳りが見えはじめる。

その頃に台頭してきたのが、同期の森内だった。羽生は竜王、王将、名人と相次いで森内にタイトルを奪われる。33歳のときには、一冠にまで落ち込んだ。

そんなある日、羽生は一つの光景に目を奪われる。若手棋士と対局する、還暦を過ぎたベテラン棋士たちの姿だった。羽生はハッとなった。棋士にとって重要なのは、生涯をかけ自分の将棋を極めること。そして、目の前の対局にすべてを注ぎ込むこと。羽生の中で何かが変わり始めた。

名人戦第三局。先手は森内。この二人の対局は先手の勝率が7割以上と圧倒的に高い。これを崩した者が一気に優勢となる。

最初に仕掛けたのは森内だった。31手目、4五銀。意表を突く攻めの手。棋士人生で初めて指した果敢な一手だ。

森内が言う。

この手で優勢になって、もし勝てれば、その後戦っていく上で限りなく有利になっていくような。支えになりますし、仕掛けていって、潰すしかない。

森内の覚悟の一手に羽生は攻めに出るのを躊躇した。完全に森内ペース。羽生が追い込まれていく。開始から15時間。まもなく羽生投了かという空気が流れはじめた。

30代になり、投了が早くなったと言われる羽生。なりふり構わず勝ちにいく将棋は長らく影をひそめていた。しかし、この日の羽生は違った。誰もが勝負あったと思っている中、羽生は一人、諦めていなかった。最善手を指し続ける羽生。2時間が経った。

森内が振り返る。

執着心がすごいなと思いましたね。逆転負けっていうのは、若い頃にも何度かあったりもしましたので、そういう時のことを思い出したりもしました。

羽生の粘りに決めきれない森内。持ち時間をほとんど使い果たした。余裕がなくなっていく。そして指した一手。9八銀。控室でどよめきが起こった。森内が指した一手は全く意味をなさない痛恨の手だった。

羽生はそのミスを見逃さない。形勢逆転。そのとき、羽生の手が震えはじめた。羽生は30代になってから、ギリギリで勝てる手筋が見えるようになったとき、手が震えるようになったという。

164手目。森内の王を追い込んだ。森内、投了。21時間におよぶ激闘は歴史に残る大逆転で終わった。

羽生が去った後も、森内はしばらくその場から立ち上がれずにいた。

つづく