【九月大歌舞伎】「盛綱陣屋」戦乱の世に対立する悲劇の兄弟、だがそこに流れる愛がある

歌舞伎座で「九月大歌舞伎」第二部を観ました。(2021・09・17)

「近江源氏先人館 盛綱陣屋」。タイトル通り、佐々木盛綱の苦悩が主題だが、その弟・高綱の息子、小四郎がカギを握る芝居だと思った。

兄の盛綱は鎌倉方、弟の高綱は京方。それぞれに分かれて戦う悲劇と運命。最初に盛綱の息子、小三郎が高綱の息子、小四郎を生け捕って帰還するところから始まるのも悲しいことだ。

「小四郎を生かしておくと、鎌倉方の人質になり、高綱は鎌倉方につかざるを得なくなる」。つまりは、北条時政の戦略に乗ってしまう。考えた盛綱は、高綱を思い、母・微妙に「小四郎を討ってくれ」と頼むのだ。微妙の心は揺れるよなあ。つまり、高綱が息子の小四郎への情愛に迷わないように、という盛綱なりの兄弟愛なのだ。敵対しているといるとはいえ、兄弟愛がそこにある。だが、孫を討たなければいけない微妙も身の因果に嘆く。

また、母親同士のやりとりにも、悲しさが滲む。小四郎の母、篝火が女ながらに敵陣にやってきて何とか息子を助けられないかと矢文を放つ。これを読んだのは、小三郎の母、早瀬。篝火の未練な心を諫める文を認め、射返す。ここにも、親子の情愛に容赦なく反する戦乱の世の悲しさがある。

そして、北条時政が高綱の首が入った首を携えてやってくる。首実検だ。盛綱に確かに弟の高綱の首なのかを検めさせるのである。盛綱が首桶に手を触れた途端、「父上!」と叫んで切腹する小四郎。その首が高綱のものでないと気づいた盛綱は、全てを察する。そして、「確かに高綱の首である」と偽証する。

高綱夫婦の周到な計略なのだ。微妙、篝火、早瀬に向かい、全てを明かす。小四郎が贋首を父の首と言って自害したのは、時政に本物であると信じさせる策略だったと。我が子を犠牲にした高綱、そしてその父の願いを果たそうとした小四郎を思い、自らも死を覚悟して、時政を欺いたと。親子ぐるみの計略だったのだ。

なんという悲劇であろう。父の計略成就のために命を捨てた小四郎を褒め讃える盛綱の傍らで、微妙、篝火、早瀬が小四郎の身の上の悲運を思って嘆き合う。小四郎の息が途絶えると、盛綱は時政への申し訳のために自害しようとするが、猜疑心の強い時政は鎧櫃の中にスパイを潜伏させていた。

和田兵衛が、盛綱が今死んでは高綱の策略が水の泡になると諭し、自害を思いとどまる。

盛綱を演じた幸四郎はもちろんだが、小四郎を演じた丑之助の成長に目を見張った。

佐々木三郎兵衛盛綱:松本幸四郎 高綱妻篝火:中村雀右衛門 和田兵衛秀盛:中村錦之助 盛綱妻早瀬:中村米吉 信楽太郎:中村隼人 高綱一子小四郎:尾上丑之助 盛綱一子小三郎:坂東亀三郎 伊吹藤太:中村歌昇 北条時政:中村又五郎 盛綱母微妙:中村歌六