【人形浄瑠璃文楽 九月公演】「双蝶々曲輪日記」我が子と義理の子への愛情に挟まれた葛藤

国立劇場小劇場で「人形浄瑠璃文楽 九月公演」第一部を観ました。(2021・09・06)

めでたい「寿式三番叟」のあとは、「双蝶々曲輪日記」である。相撲取りの濡髪長五郎をめぐる人々の様々な心の葛藤が描かれていて、見ごたえがあった。

難波裏喧嘩の段で、長五郎を贔屓にしてくれて恩のある山崎与五郎と遊女吾妻のカップルに対し、吾妻に横恋慕している平岡郷左衛門とその仲間たちが乱暴を働いているところを長五郎は助けるが、勢い余って殺してしまう。義兄弟の放駒長吉の援護もあって、その場を立ち去るが、いわゆるお尋ね者になってしまったのが、この物語の因縁である。

八幡里引窓の段。長五郎は生みの母親がいる八幡に行くが、ここから人間模様が激しく展開される。この実家には今はその母親と継子である南与兵衛、それに女房の元遊女のおはやが暮らしている。長五郎と南与兵衛は義兄弟にあたるわけだ。

その南与兵衛に良い報せがあった。これまでは放蕩三昧で、遊女を身請けするくらいだったが、南方十次兵衛という親の名前を許され、庄屋代官に命じられたのである。だが・・・その最初の仕事が、こともあろうに長五郎捕縛。最初は義兄弟であることを知らなかった与兵衛であるが、次第に事実を察し複雑な思いに苛まれる。

それは、母親も同じことである。長五郎は殺人の罪を犯してしまったので、今生の暇乞いを言いに、生みの母に会いに来た。しかし、母は何も知らずに喜んで二階へ通す。だが、継子の与兵衛の任務を知った瞬間、実子を助けてやりたいと思う。

何とか詮議を思いとどまってくれないか。母はこれまで貯めた金包みを与兵衛に渡し、これで人相書きを売ってほしいと頼む。この母親の様子で、与兵衛も全てを察する。そして、ここは母の頼み通り見逃してやろうと決断する。

だが、長五郎は正義感の強い男だ。自首すると言う。逃がしてやりたい実母と与兵衛女房おはやは、長五郎の前髪を剃り落とし、人相を変えようと必死だ。だが父親譲りの黒子を剃ることができない。

継母のためにも同じく見逃してやりたいと思った与兵衛は、母から受け取った金包みを長五郎の顔めがけて投げつけ、黒子を潰す。さらに、さりげなく河内への抜け道を教え、早く逃げなさいと合図を出す。温情である。

長五郎はその温情に感極まり、与兵衛に自分を突き出すように母に頼む。母も実の子を可愛がるあまり、継子へ義理が欠けていたことに気づき、長五郎を引窓の縄で縛りあげる。ところが、与兵衛はその引窓の縄を切ってしまう。情と情との絡み合いが涙を誘う芝居だった。

難波裏喧嘩の段 豊竹希太夫/鶴澤清妓馗

八幡里引窓の段 中 豊竹靖太夫/野澤錦糸 奥 豊竹呂太夫/鶴澤清介

平岡郷左衛門:桐竹勘介/三原有右衛門:吉田玉路/山崎与五郎:吉田蓑太郎/藤屋吾妻:吉田玉誉/濡髪長五郎:吉田玉志/放駒長吉:吉田玉翔/下駄の市:吉田蓑之/野手の三:吉田玉峻/女房おはや:吉田勘彌/長五郎母:桐竹勘壽/南方十次兵衛:桐竹勘十郎/平岡丹平:吉田文哉/三原伝蔵:桐竹紋秀