柳家喬太郎「牡丹燈籠⑧ 十朗ヶ峰の仇討」

柳家喬太郎「牡丹燈籠~十朗ヶ峰の仇討」
「父上!戻りました」「孝助殿か?徳や!孝助殿が戻られた。愛しい亭主が帰ってまいったぞ」。妻・お徳が孝助を迎える。「お帰りなさい。首尾よく仇は討ちましたか?」「いえ、まだ。まだまだ仇を討つには時間がかかりそうです。きょうは主人の一周忌の法要をしたいと戻ってまいりました」「赤子の顔を見てもらえ」「こちらは?」「あなたのお子さんですよ。昨年、祝言の晩に交わした夫婦の契り。一度であろうと子はできます」「孝太郎と名付けた。孝助に子ができたら、後継ぎにして、飯島家を再興してくれと、飯島殿の手紙にあった」「しばらくは、こちらに?」「法要を済ませたら、ずぐ仇討ちに」。悲しむ徳。「毎年、法事には帰ってきてくださいな」「相わかった」。

新幡随院で飯島平左衛門の一周忌を無事済ます。「いつ立たれる?」「明日には」「気の早いことで。一日も早く仇を討ちたいか。必ず険難に遭う。軽ければ良いが、深傷を負うと命を取られる。だが、恐れてはいかん。進むに利あり、退くに利なしだ。明日、会うべき人に必ず会う。心して行け」。良石和尚の言葉を後に、孝助は再び仇討ちの旅に出る。

神田旅籠町を通りかかると、白翁堂勇斎という幟が立っている。フラッと中へ入る。「人相、手相を見てもらいたくて来たのか?お武家か?」「主人の仇討ちの旅をしています」「あなたは目上に縁のない人だな。剣の上を渡る旅だ。険難の相がでておる。臆してはならん。進むに利あり、退くに利なしだ」「いまひとつ、見ていただきたいことがあります。会いたき人がいます。19年前、私が4歳のときに生き別れになった母です。会うことが叶うでしょうか?」「会っているね」「会っていません。顔の覚えもありません」「何だがグズグズと言っていないで、当たるから大丈夫だ」。

そこに女の二人連れがやってくる。年増の女。「44になります」「目下の者に縁のない生き方をしてきたな。もうすぐ死ぬな。近々、死ぬよ。お帰りなさい」「左様ですか。命の長い、短いは仕方のないこと。命尽きるまでに会いたき人がいます。会えましょうか?」「会っておる」「19年前、幼子と生き別れました。4つでした。顔も覚えていません」「会っているよ」。そこに、孝助が声を掛ける。「よろしゅうございますか?」「あなた様は?」「越後村上の出、黒川孝蔵に嫁いだりえ様では?」「もしや!」「お母様!孝助でございます!」「孝助かい?」「はい」。劇的な運命の再会。勇斎は見料は要らないと、二人を送り出した。

馬喰町三丁目の下野屋という旅籠で、二人は積もる話をする。19年ぶりの懐かしい話。「すまなかったね。お前を残して去るのは、心苦しかった。孝蔵殿は?」「斬り殺されました」「その後、お前は?」。事情を説明する孝助。「それは辛い因縁でした・・・何と申された?不義密通の二人は?」「お国と源次郎と申します」「宮野辺源次郎と国が、お前の仇かい?どこまで悪縁でしょうねぇ」。そして、りえは話を続ける。「私は越後村上に戻り、兄から再縁を勧められました。荒物屋をしている樋口屋五兵衛という方です。その方には子どもがいて、兄は五郎三郎といい、8つ下に妹がいました。性根の悪い子でね。それで武家奉公に出したのです。それが国と申します。その後、一本も手紙をよこさない。宇都宮で越後谷という店を開いた兄の五郎三郎は大層、立腹していました。そこに、国と源次郎がやって来て、匿ってほしいと。まさか、人殺しまでしているとは・・・。その二人は家に匿っています。義理ではあるが、娘です」「左様ですか。宇都宮に?母上!」「お前の心はわかっている。お国と源次郎を討たせてあげましょう。しかし、どこで耳に入るか、わかりません。離れて、参りましょう」。

りえと孝助は宇都宮の町に入る。越後屋を遠巻きに見て、りえが言う。「孝助、あれが裏木戸です。錠をはずしておきますから、そこから入ってください。二人は離れにいるから。夜、忍んでくるんだよ。それまで、旅籠で休んでいなさい」。そして、りえが単独で帰宅する。「国、源次郎さん、話があります。お前たち、飯島のお殿様を殺し、金を奪って、逃げているそうだね」「誰から、そんなことを?」「孝助という人ですよ」「あれは悪い人ですよ」「その孝助は私の実の倅です」と、縁を話す。「左様ですか。かような悪縁が」「その孝助が近くにいます。お前たちを狙っています。お逃げなさい。孝助には夜中に来るように言ってあります。抜け道を通り、鹿沼へ出れば、きっと逃げられます」。そう言って、りえは国と源次郎を逃がしてしまう。

夜、孝助が離れに忍んでやってくる。「母上!」「孝助かい?よう、お見えだね」「お国、源次郎はいずこへ?」「逃がしました」「ハッ?!何と?逃がした?母上!きっと仇を討たせてやると・・・何故?」「私は血は繋がっていますが、黒川の家とは縁を切りました。樋口家に嫁いだ。これも縁です。その家のお国を討たせるわけにはいかない。すまぬが、縁のないものと思っておくれ」「確かに母上は縁が切れても、血筋というのは切れぬもの。目の前に仇がいながら・・・。なぜ、母上はここに連れてこられた?」。孝助がそう言うと、りえは「その償いをしましょう」と、喉をブスリと懐剣で突いた。「母上!」「孝助!」「母を許してください。五兵衛殿に世話になり、その後は五郎三郎に面倒を見てもらったのも、樋口屋のお蔭。国を討たせるわけにはいかない。命尽きるものならば、白翁堂先生が言うように、ここで命が尽きます。これから言うことは、幽霊の申すこと。五郎三郎も許してくれましょう。国は明神様の下より十朗ヶ峰へ参りました。すぐに後を追いなさい。ご主君の仇を討ちなさい。母が喉を突いた懐剣で、とどめを刺しなさい」。

孝助は懐剣を受け取り、無我夢中で山から山へ、十朗ヶ峰に向かう。一方、お国と源次郎は逃げる途中で山賊に遭う。「身ぐるみ脱いで、置いていけ!」。そう脅す山賊を源次郎が見て、「何だ?相助と亀蔵ではないか。元は家に奉公しておったものだ」。相助と亀蔵が、江戸で色々あって、食いつめて、こんな山賊をしていると弁解する。「孝助が追っている」と聞くと、「憎い。あいつには恨みがある。喧嘩しちゃぁ、負けていた」と二人組。「力を貸してくれないか?」「鉄砲がある」。清水の石橋の下で、源次郎が刀を持って、待ち伏せする。鉄砲二丁のうち、一丁は国が「私がぶち殺したい」と持つことに。やがて、孝助が急ぎ足でやって来て、石橋を渡ろうとする。相助と出会う。「覚えているか?」「相助か?懐かしいな」「お前には散々な目にあった。覚悟しろ!」「あれは戯れだ」「オイ、亀蔵!」「馬鹿なことを。まさか、そこにいるのは・・・」。お国が鉄砲を構えて、「よく、ここまで来たね。覚悟をおし!」。

鉄砲二丁を前に、たじろぐ孝助。しかし、相川新五兵衛と良助和尚の言葉を思い出す。「ひるんではいけない。進むに利あり、退くに利なし」。エイ!相助の右腕を切る。ひるむ亀蔵を袈裟掛けに斬る。鉄砲を放り出して、逃げるお国。そこに隠れていた源次郎が現れる。「ヤイ!孝助!」。しかし、孝助は源次郎の刀を払う。足を取られて、ガクンと倒れる源次郎。「ヤイ!国!宮野辺7!お前たちのお蔭で、主人のみならず、母上も喉を突いた。わが主君と母を殺した仇め!なぶり殺してやるから、覚悟しろ!」。天正助定で、お国をズタズタに。さらに、源次郎もズタズタに斬り殺す。生首2つを提げて、五郎三郎の元へ。

「妹も身性の悪き女なれば、致し方ない。あめでとうございます」「母は息はありますか?」「絶えました」「母上!」。号泣する孝助。仇討ち成就の報は相川家へ知らされる。「主君の仇は討った」と。その後、孝助の息子、孝太郎が飯島の家督を継ぎ、飯島家再興を果たした。伴蔵はお仕置きになり、その札から飯島のお嬢様と萩原新三郎が通じたところから、伴蔵が悪事を働いたということが分かった。そこで、孝助は主人。飯島平左衛門と、娘・お露のため、そして萩原新三郎のために濡れ仏を新幡随院に建立したという。これにて、三遊亭円朝作「牡丹燈籠」、読み切りでございます。