【談春アナザーワールド Ⅺ】「源平盛衰記」「夢金」
立川談春師匠が2010年1月にスタートして、18回にわたっておこなった「談春アナザーワールド」の当時の記録を残ししておきたい。きょうは2012年2月の第11回だ。
二度と演ることはない、これは自分流の野辺の送りだと断って、立川談志の十八番「源平盛衰記」を口演した。若きこゑん時代、つまり昭和30年代のギャグに注釈を加えながら、滑らかな口調で進める地噺に談春師匠の家元への愛を感じた。盛り沢山のギャグを繰り出すセンスと、リズミカルに噺を進めるテンポ良い口調が併存して初めて成立する。志らくと談春を合体しないとできない噺だともコメントしていた。
立川談春「源平盛衰記」
談志若き頃に吉川英治の「新平家物語」を読んで、それを下敷きに作った落語。当時、これを寄席で口演したときは、センセーショナルだったんだろうね。柳家一門のお歴々が「この人には敵わない」と思ったそうだから。談春師匠は口調滑らかに、談志オリジナルを再現してみせただけで立派。フリーセックスとか、北方領土とか、皇室ネタとか、いかにも談志らしい刺激的なクスグリも今では古臭くなってしまったが、談春師匠は丁寧に注釈を入れて解説していたのはサービス精神だろう。非常に珍しいものを聴けた嬉しさと、談春に師匠愛を感じたことが、この高座の収穫だろう。でも、この噺は家元のCDを聴いて、昭和へのノスタルジーを感じるのがいいと思った。
立川談春「夢金」
「百両ほしいよぉー」と寝言を言う熊。欲張りで、寝言も金のことばかり。「二百両ほしいよぉー・・・五十両でもいいよぉー」「夢で値切ってやがらぁ」。雪が深々と降る晩。親方が「物盗りが金勘定と間違えて、入ってきたらどうするんだ。早く寝ちまおう」と言っていると、その船宿に訪ねる者がある。「オイ!ここを開けろ!」「言わないこっちゃない。どちら様?お門違いでございます。手前はしがない船宿渡世でございます。ご用向きとあらば、この二軒先の右に伊勢屋という質屋がございます」「物盗りではない。早く開けろ!」。戸の隙間から覗くと、雪灯りに照らされて、侍が立っている。年の頃なら25。素足に雪駄履き。色が黒く、目がギョロリとして、唇が薄く、右の頬に刀傷がある。「雪は豊年の貢と言うが、このように降られては困る」。どう見ても、ひと癖ありそうな人相。そして、横にはお嬢様風の女性が立っている。年の頃、16、7の色白の目元涼しい、いい女。どう見ても不釣り合いな男女だ。「失礼しました」「夜更けに相済まん。浅草で芝居見物の帰り、雪に降られた。雪もこう降られると困る。駕籠は面倒。舟ならと船宿を訪ねたが、どこも人手がないと、断られた。深川まで屋根舟を一艘、仕立ててもらいたいが」「どこも同じ、手前も肝心の漕ぎ手が出払っているもので」「弱ったな」。
そこに熊の寝言、「百両ほしいよぉー」。「二階のアレは船頭ではないのか?」「あれはウチの若い者ですが、寝言で金勘定をするくらい大変欲の張った男でして。お馴染みさまならいいのですが、あからさまに酒手をせびって、粗相があっては」と尻込みする船宿の主人。「かように大雪の晩である。骨折り酒手は十分に遣わす。訊いてみてはくれんか?」「よろしいんですか?オイ!熊!起きないか!お武家さまのお客様だ。この雪で難渋していらっしゃる。深川まで頼めないかな?」「トロトロしていたら、煩いね。冗談じゃない。こんな寒い晩に酒手が出なかったら、目も当てられない。患っちゃおう。親方、今朝から疝気で腰がメリメリするんです。仕事にならない」。そこに、客の男。「並みの晩ではない。骨折り酒手は十分に遣わすが、駄目か?」。熊の態度が豹変するのが可笑しい。「ドキッとするようなことを言うなぁ。お困りでしょうね。無理して行く気になりゃぁ、行けないことはない。そこは魚心あれば、水心。阿弥陀も金で光る世の中。腰の痛みがピタッと止まりました。ヘイ!お供しましょう!早速、支度しましょう」。
桟橋まで、女将さんの傘でお嬢さんを送る。「屋根船に乗ったことがない?お尻の方から、スッと。上手いですね。明日から芸者になれますよ」。熊が屋形船の乗り方を指南して、お嬢様と男を舟に乗せる。「行ってきます」「頼んだよ」「親方に内緒で枕元に熱いのを2合支度しておいてください」。竿を挿す。舟がアメンボウのように大川を滑っていく。櫓に変わる。雪が綿をちぎったように、ぶつける。凍えるような寒さだ。「寒いねぇ。大寒、小寒。何が因果で・・・この雪の降る晩に深川まで行って、酒手が出なかったら馬鹿みたいだ。乗る奴がいるから漕ぐ奴がいる。箱根山、駕籠に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋を作る人。その草鞋を拾う奴だっているんだ」。枯れ枝に雪が積もり、花が咲いたように綺麗だ。「春の桜も結構だが、これも船頭の役得か。でも、寒い!」。熊の独り言に雪の中に舟を漕ぐ船頭の辛さが出ている。「早くくれりゃぁいいのに。気が利かない浪人だな」。「旦那!提灯が暗くなったら、提灯の下を拳固でゴツンとやってください。雪を見るんだったら、明るい方が綺麗ですよ」、「炬燵がぬるかったら、行火の頭をポン!と叩くと暖まりますよ」。謎かけで催促するが、鈍い。まるで通じない。
男がお嬢様の眠っている様子をジーッと穴が開くように見ている。「妹?違うな。妹だったら、見飽きるほど見ているはず。怪しいね。そうだったら、酒手ははずむよ。見ざる、言わざる、聞かざるだ。船が汚れるよ。鷺を烏と言うたが無理か、場合じゃ亭主を兄と言う。お前さん、酒手を遣わして?早くぅ。これくらいで?少のうございます。これでどうだ?もっと沢山・・・どうだい!起きろ!」。熊はわざと舟を揺らす。「揺れるよ。出るものが出ないと、舟は揺れ続けることになるよ」。熊の強欲さに男は呆れ、「船頭も疲れているだろう。こちらへ参って、一服いたせ」「やっと気がついた。漕ぐ手に力が入るよ」。「手を出して、何だ?」「酒手でしょ?」「煙草を飲めと申したのだ」「煙草だけ?てっきり酒手を頂戴できると大喜びして馬鹿みたいだ。煙草ですか?手銭で煙草は吸わないんだ。お先煙草は尻からヤニが出るほど吸うがね。皆は船頭の熊じゃなくて、欲の熊造なら誰でも知っている」。すると、男が切り出す。「話がある。金儲けの話だ。半口乗らぬか?」「丸口のるよ!」「外へ出ろ。中にいる娘が妹とは真っ赤な偽り」「そりゃぁ、そうでしょ。お楽しみで」「吾妻橋の袂で、この大雪で癪を起していたところを介抱した。すると、懐に金包み、少なくて百両、多くて二百両。穀町あたりの物持ちの娘らしい。店の男との不義密通が露見し、その男のあとを追って、店を出たそうだ。その色男の居場所を知っていると言って、船まで連れ出したのだ。あの女をバッサリ斬れば、大きな儲けになる。お前の寝言は、なかなか見所がある。お前目当てで、あの店に入ったのだ。手伝え」。
男がそこまで言うと、熊は「そんなことはできない。勘弁してください。金は欲しいけれど、人を殺してまでは欲しくない。無闇矢鱈に欲しいだけ。本寸法の欲張り」と断る。「口外されては困る。露見の恐れがある。お前から斬るぞ。そこへ直れ!」「ちょっと待って!考えるから!手伝わないと、殺される。手伝うと、金がもらえる・・・いくらくれる?」。ガタガタ震えながらも、取り分の交渉をするところが強欲な熊らしい。「いい度胸だ。うまくいったら、2両金を遣わす」「小判で2枚?チャリンチャリン?冗談を言うな。怖くて震えているわけじゃない。あまりに吝なんで、細かに揺れているだけだ。言うことは大玉で、やることはシミッタレだな。まごまごしていると、舟をひっくり返すぞ!ん?泳げないな?こっちは盆暮れには河童から付け届けが来るんだ」「しからば、100両なら50両。山分けでどうだ?武士に二言はない」。これで熊も納得だ。「ここで殺ったら、舟に血のりが付いて、商売ができない。この先の中洲でやるのがよろしゅうございます。中州に娘を連れ出し、そこでバッサリ殺ればいい。潮が満ちて、死骸は流れちまう。足もつかない。もう少しで中州。水は膝まで。素振りなんかしないで、先に飛び降りてください」。
男は中州へ飛び降りる。熊はここぞとばかり、一竿、二竿、竿を張ると、舟はスーッと遠ざかった。元来た方へ、舵を切って向きを変える。「あ!船頭、何をいたす!」「ざまぁみやがれ!バーカ!舟をどこにやろうと、俺の勝手だ」「けしからん!」「芥子が辛いか、唐辛子が甘いか。明日には潮が満ちて、侍が弔いと名前が変わらぁ!」。鮮やかな逆転劇。娘を本町のお店に届けると、両親の喜びようは大変なもの。「あなたのお陰で娘の命が助かった。命の恩人です」「てめえが助かりたい一心でやっただけです」「すぐに支度をして一献召しあがって頂くのが筋ですが、これでどこかで一杯飲んでください」「あっしはそういうつもりじゃない・・・銭金で動く男じゃない」「娘が助かった身祝いです。お納めくださいますように。改めて御挨拶に伺います」「祝儀?受け取らないと角が立つね」。そう言われ、熊は金包みをもらい、その場でビリビリと破く。50両包みが2つ。「ありがてぇー!百両ぉー!」。それを、下の親方が「静かにしろ!」でサゲ。雪が降りしきる寒さと人殺しを迫られた緊迫感が相まって、笑いの部分を薄く残しながら、実に引き締まった素敵な高座に仕上げてくれた。