弁財亭和泉「二人の秘密」老老介護になって知る、お互いを感謝しあう夫婦の情愛。これを美化するのは男のエゴではないと思う。

浅草演芸ホールで「弁財亭和泉真打昇進披露興行」を観ました。(2021・04・16)

鈴本に続き、2回目の和泉師匠の披露目である。口上司会は林家彦いち師匠。副会長の正蔵師匠は開口一番、「彼女が入門したときから、可愛らしい子が入門したなあ」と。そして、「好みなんです」とも。どんぐりを食べ過ぎたリスみたいなところが、可愛いそうです。弟子になな子、つる子と女流の二ツ目がいるが、何かと言うと「粋歌姉さんが」と事あるごとに名前が出る。彼女たちにとって、憧れであり、目標なんだと思う、と。彼女の感性でないとできない落語。これからが楽しみですと締めた。

常任理事のさん喬師匠は、彼女が新しい「弁財亭」という亭号を作ったことを喜んでいた。師匠の歌る多さんは、女流ではじめて真打になり、その道を切り拓いた人であり、彼女の存在がなかったら、今のように女流落語家が沢山増えなかった。その流れを今度は弁財亭が引き継いで作っていくことだろうと。彼女は古典の基礎をしっかり作った上で、二ツ目になって新作を創り始め、どんどん新しい落語が生まれている。今後ますます創り続けることに大いに期待する、と。

会長の市馬師匠は、夫である小八師匠の名前を挙げ、夫婦で真打というのは初めてのことだと讃えた。子育てを頑張りながら、落語も頑張っている。この人の視点でなくては描けない世界があると評価。バラエティに富んだ新作落語は、唯一無二であり、弁財亭という名前とともに唯一無二の落語、高座を築いてほしいと語った。

師匠の歌る多さんは、弁財亭を「うちのベンちゃん」と呼び、明るく入ったが、彼女を弟子として取るにあたっては相当な覚悟がいったと振り返った。自分一人気ままに生きてきたが、弟子を受け入れるには、この子をちゃんと食べさせてあげなきゃならない。米を炊くことから厳しく仕込み、小言も多く言った。そのことを同期に言ったら、「それは歌る多が悪い」と苦言を呈された。本当に同期というのはありがたいと涙をながらに語った。「新作では東京で一番になると信じている。自分で考えた看板を立派にするためにも、お客様の𠮟咤激励が必要です」と結んだ。

入船亭扇ぽう「たらちね」/三遊亭わん丈「プロポーズ」/柳家小八「たけのこ」/ホンキートンク/三遊亭歌奴「佐野山」/春風亭一朝「雑俳」/仙志郎・仙成/柳亭左龍「長短」/林家彦いち「みんな知ってる」/江戸家小猫/古今亭菊之丞「悋気の火の玉」/三遊亭歌る多「宗論」/林家正楽/林家正蔵「鼓ケ滝」/柳亭市馬「廿四孝」/口上/ロケット団/春風亭一之輔「黄金の大黒」/柳家さん喬「天狗裁き」/立花家橘之助/弁財亭和泉「二人の秘密」

夫が認知症になっても介護を続ける妻との温かい夫婦の情愛を描いた作品だ、と僕は思っている。介護しているのが妻であることが判らなくなってしまい、親切に毎日介護に来てくれるヘルパーさんだと思い込んで、初恋の女性の名前のタキエさんと呼んで、「あなたは私のことがよくわかっている」と褒める。これを女性の聞き手(僕の妻)からすると、男は夫婦愛と美化するが、このタキエさんと呼ばれる妻の身になって考えると哀しい噺だと言われてしまった。

ただ、今回は笑いを上手に入れることで、女性が反感を持つことを緩和していたと、僕の妻は言っていた。そのあたりは、和泉師匠が女性なので、敏感に察知して、日々リニューアルしているのだと思う。

親の決めたお見合いで知り合い、プロポーズもなく、結婚してしまった。それは他人からすると「つまらない」夫婦のように見えるかもしれない。だが、いざ夫が認知症になったのをきっかけにして、振り返ってみると、その平凡な夫婦生活も意外と幸せだったかもしれないと思い始めている。

夫いわく「毎日、ワイシャツにアイロンをかけてくれ、玄関を掃除して、晩酌には好きなおかずを用意してくれた・・・いい女房だった」。妻にしてみても、「給料をきちんきちんと納めてくれて、真面目に働き、浮気もしなかった」、いい亭主だったのかもしれない、と。それはまるで小津安二郎監督の映画「東京物語」で、笠智衆が「もう少しやさしゅうしてやればよかったかのう」と振り返る、あの夫婦のようなものかもしれない、と。

妻が娘に言った言葉が心に沁みた。「お父さんとタキエさんは気が合うみたいよ」。それは何を隠そう、妻である自分と夫の二人にしかわからない幸せな時間なのかもしれないのだ。夫は認知症になってしまったけれど、老老介護という形で夫婦の愛情を再確認できているのではないか。

それは男のエゴなのか。美化なのか。僕にはわからないけれど、この「二人の秘密」は名作だと思う。