澤孝子「雪女」 女性と母性を宿した雪女という存在が悲しいけれども、温かい。小泉八雲のファンタジーに酔いしれた。

木馬亭で「日本浪曲協会定席 二月興行 三日目」を観ました。(2021・02・03)

小泉八雲原作、大西信行作「雪女」を、澤孝子師匠が前日の人情噺「からかさ桜」の素晴らしさとは全く違う高座で魅せてくれた。小泉八雲の寓話的で幻想的なファンタジーが、浪曲となってまた新たな輝きを増す。大西先生の筆の力もあると思う。まだまだ、奥深い浪曲ワールドである。

武蔵国の山の中。木こりの茂作と弟子の巳之吉十八歳が暮れかけてきたので山を下りる。今夜は雪になる。吹雪くかもしんねえ。早く帰るべ。村境まで辿り着いた。川を越えればオラが村だ。だが、舟がない。船頭は向こう岸に舟を付けて帰ってしまったようだ。仕方ない。舟小屋で夜を明かそう。莚をかぶって寝る。風がギシギシ言っている。茂作は大いびきをかいて眠っているが、巳之吉は怖くて眠れず、ポロリと涙がこぼれた。

凍る雪の夜。夜が更けて、ブルブルッと震えて、巳之吉は目を覚ます。頬に雪が降る。凍てつく眉毛。眼を凝らせば、雪の中にいる。そして、雪より白い衣装に、白い肌の女が一人立っている。身体をかがめて、眠る茂作にかぶさるように顔を近づけてくる。女が息を吹きかけると、茂作は氷に閉じ込められてしまった。「じっちゃまー」と巳之吉は叫ぼうとするが、声が出ない。金縛り。ワナワナと小刻みに身体を震わすばかりだ。

女が巳之吉に近寄り、「言うなよ、巳之吉。おっかさんにも言ってはならない。言わないなら、許す。言うたら命はないぞ」。そう言って、巳之吉にニッコリと微笑み、小屋の外へ行ってしまった。風に粉雪、白雪と失せにけり。翌日。村人が気を失った二人を発見する。茂作は死んでいた。巳之吉は息を吹き返した。以来、巳之吉は昨夜のことは誰にも喋らなかった。

5年の年月が経った。巳之吉は立派な木こりになった。母とともに何事もなく、静かに暮らしていた。そこに嫁がきた。色白で、名前はおゆき。巳之吉が山へ出かけると、留守を守った。姑に仕え、畑仕事もマメにおこなった。良い嫁だ。自慢の女房。夫婦仲睦まじく暮らし、10人の子ができた。「女の盛りは短いと言うが、お前は子を10人産んでも、昔のまま美しいなあ。素晴らしい嫁をもらって俺は幸せ者だ」・・・「それにつけても思い出す。あの十八のときの冬の夜。死んでいたら、この幸せはなかったのだなあ」。

突然、巳之吉が叫ぶ。「そうだ!思い出した」。お前を一目見たときから、どこかで見たような気がしていた。ずっと考えていたが、思い出せずにいた。いま、ハッキリと思い出した。その目、その顔、その口。あの雪の夜の舟小屋で、白雪白霞、氷の粒にもうもうとうごめき立っていた、夢幻の雪女。あの美しさは・・・。そこまで巳之吉が言うと、おゆきはサッと顔色を変えて、睨みつけて、「とうとうお前は言うてしもうたな。言うたら、命はなくなると言ったことを忘れたか」「さてはお前はあの晩の…雪女!」。

おゆきの告白がはじまる。会ったが因果、雪の化身をこの胸に恋の炎の火をつけて。人になりたや、巳之吉さんの嫁と呼ばれて暮らしたい。魔性の掟を破り、思いが叶って、ここへ来て、やれ嬉しやと思うたに。言うてはならぬという約束を破った。ここには居られぬ。命縮めて氷の国へ行かねばならぬ。口惜しさ。

ここからおゆきの情が入る。なぜ言わしゃった?顔に口寄せ、氷の息を吹きかけようとするが、枕並べて寝ているあどけない子供たちの顔を見て心が揺れる。この10人の子どもの行く末を思えば、お前の命を奪っていかりょか。人になれず。魔界にも行かれず。宙に彷徨って、地獄の責め苦受けようとも、子供のためにお前の命は助ける。その代わり、この子らを大切に育ててあげてください。頼みます。なんという母心だ。たとえ雪女だろうが、人間の血が通っている母親の姿であり、思いである。

外へ飛び出すおゆきに、巳之吉は「待ってくれ」と叫ぶが、夜の帳はとっぷりと落ちて、真っ暗だ。空からヒラヒラと舞う今年最初の白い雪。待ってくれ!おゆき!空の向こうに消えていくおゆきの涙が粉雪となって、サラサラと我が家の屋根に降り落ちた。あたりは一面銀世界だ。

悲しい。だけど、温かい。ともすると狐狸妖怪同様に扱われそうな雪女という存在に「女性」と「母性」を宿した小泉八雲のファンタジーに酔いしれた。