一龍斎貞心「陸奥間違い」 講談には武士の誇りが垣間見えた。浪曲との聴き比べも興味深い。

お江戸日本橋亭で「講談協会初席」を観ました。(2021・01・05)

例年、初席と言えば鈴本演芸場の第3部に、小三治師匠が主任のときから行っていたけれど、今年はコロナのことも考えて見送った。新年を迎えて初めて聴くのが講談というのも、僕のニューノーマル、「新しい生活」とやらかもしれない。落語の定席はまさに顔見世興行で持ち時間が10分を切ることすらあるけれど、講談協会の初席は前座の貞司さんが15分、「五色備え」を読んだあと、中入り10分を挟んでおよそ3時間を6人が高座を務めた。たっぷり!講談の醍醐味を十二分に楽しめた。

田辺いちか「仁礼半九郎 カナリアと軍人」

陸軍中尉の仁礼は27歳にして女嫌い、下宿にカナリアを飼っているという薩摩隼人。そのカナリアが結ぶ縁で、隣家の長谷部という資産家の一人娘、由紀子17歳に一目惚れしてしまうという、人間的な部分がよく描けていて気持ちの良い読み物だ。

落語で言えば、「幾代餅」か「崇徳院」か、というような“飯が喉を通らない”くらいに恋い焦がれ、ションボリしている仁礼を見て、岡本少佐が仲介に入り、長谷部家も由紀子本人も「喜んで嫁に!」と言って、とんとん拍子でことが運ぶかと思いきや・・・というところで読み終わり。続きが気になります。

一龍斎貞寿「亀甲縞大売り出し」

藤堂家の家臣、杉立治平のアイデアマンぶりが光る一席。綿の不作をカバーするために亀甲縞という新しいデザインの反物を30万反織って、商売にしようとするだけでも優秀な企画室室長。これを大坂に出て売るのに、問屋の袴田重右衛門が「買い手がつかねば、値はつかぬ」と安く見積もるのを、逆手に取る戦法はトップセールスマンだ。

歌舞伎役者・市川白猿の援護射撃を受けて、桟敷席の芸妓連中のみならず、白猿自身が亀甲縞を着て「どうぞご贔屓を」と口上を述べさせるところなど、広報マンとしての腕もある。「買い手がつけば、値はつく」と袴田をギャフンと言わせ、一反7匁5分と買い叩かれそうになった反物が、最終的には25匁5分にまで値が上がるという…。素晴らしい!

田辺鶴女「長谷観音」

田辺凌鶴「高野長英 水沢村涙の盃」

長崎でシーボルトに学び、日本の近代医学に寄与した高野長英。彼が天下の名医になるまでには、福島・水沢村の貧乏医者だった父親のライオンの子を谷に突き落とすような厳しさと、その裏で実は母親とともに深い愛情を持って育て上げた成果であることがよくわかる読み物だった。

江戸の吉田先生の元で6年の修行をし、その娘おゆきの婿の話まで出た優秀な長英だったが、故郷に帰ると相好を崩すどころか、厳しい表情で父は接し、母親を通してご馳走を振舞うなど歓待。長英が持っていた15両に加え、父がコツコツ積み立てた28両を長崎への路銀として渡す温かさに痺れた。

神田すみれ「愛宕山 梅花の誉れ」

一龍斎貞心「陸奥間違い」

僕自身は浪曲で馴染み深い演目だが、元ネタである講談は武士の誇りというものを大事にした演出になっており、興味深い。

金策に窮した穴山小兵衛のところに、松下陸奥守が暮らし向きを心配して訪ねるが、生憎、穴山が不在だった。「時の氏神」「親切を無にせず」「お言葉に甘えよう」と、10両用立ててほしいとの手紙を書く。使用人の八蔵にその書面を松下様に届けるように命じるが、そのとき、800文を渡し、「鯛を買って持っていけ」と託す。貧乏していても、手ぶらで無心はできない、と穴山は考えたのだろう。

「松陸奥守」の欠字を、松下でなく、松平と間違えるのは、髪結床に集っていた町人たちが文字が読めずに、通りすがりの隠居が読んでやったのが原因にしているのも、武士と町人の教養の違いを表しているのを感じた。また、62万石の松平陸奥守は町人の間でも「仙台様」と呼ばれ、有名だったことも含んでいる。

で、八蔵は日本橋の河岸で買った鯛を携え、松平様を訪ね、手紙を渡すと、そこには明細書付きで「〆て10両」が必要と書かれている。その手紙を読んだ松平の殿様は苦労人。「伽羅先代萩」で乳母政岡に守られた鶴千代が、その松平様という貞心先生の注釈が入り、合点がいった。苦労人だから、貧乏している穴山の気持ちがよくわかったのだろう。すぐに、使者を立て、穴山宅に10両を届けに行かせる。

ここも「10両」とうのが大事で、浪曲だと62万石の大大名だから「千両の間違いであろう」と、すごい額を持たせるが、それだと穴山が面目丸つぶれになるという判断なのだろう、講談では額面ぴったりを渡す。ただし、仙台米10俵を付けているのは、「800文の鯛」に対する気持ちのお返しだろう。

穴山は「お屋敷を間違えた」と、一旦は10両の受け取りを拒むところも武士のプライド。だが、使者が「差出人を確かめずに開封したのは、こちらの落ち度」として、「受け取ってくれないなら、切腹する」と言うのも武士のプライド。ならば、と穴山は10両を受け取って美談成立というわけだ。こうやって、講談と浪曲を聴き比べするのも面白い。