【続・あのときの高座】④立川談春「芝浜」(2013年1月13日)

12月29日から、過去に印象に残った高座をプレイバックしています。きょうは2013年1月13日。「デリバリー談春」@練馬文化センター大ホールの公演からです。以下、当時の日記から。

久々に演るという「初天神」。探り探りながら、談春独自の演出が冴えわたって、愉しかった。凧を揚げるときに、指を舐めて風を見る仕草をして、「小三治師匠はこう演っていた?」。アドリブなのか、計算なのか。手垢のついた噺に新風を吹き込んでくれた。「芝浜」、一昨年の白談春のときから、さらに進化していた。女房がやたら勝気なんだけど、可愛いんだ。ジーンと心に響いたかと思うと、突然にギャグで笑いを取る。その匙加減が実に巧みだ。名人への道をまっしぐらだ。

立川談春「芝浜」
「起きて!」「何だよ。邪険な起こし方して」「商いに行ってよ」「何だよ?」「10日、20日じゃない。毎日、お酒飲んで、釜の蓋が開かないよ。忘れちゃったの?昨夜あれだけ約束したでしょ」「何を?」「しっかりしてよ」「40日近く、飲んで、寝て。明日は商いに行く。今晩は飲みたいだけ飲ませろ。約束したでしょ!」「何も覚えていない」「飲んだじゃないか、お酒」「あぁ、そう」「頭がおかしくなっているんだよ、お酒で。商いに行っておくれ」「行けない訳がある。道具も手入れしないと」「昨日、きょう、魚屋の女房になったわけじゃないよ。庖丁、ピカピカで生きた秋刀魚みたいだよ。飯台、底に水張っておいた。草鞋、出てます!草鞋が新しいと気持ちいいよ」「そんなことなら、荒物屋の親父はいつも爽やかじゃないか」「借金だらけなんだよ。行け!」「わかった。行くよ」「腹の立つようなことがあっても、喧嘩しないで。見込みがあるから、憎まれ口を叩くんだよ。言うのはなんとかなるから。頼むよ!」「頼まれねぇよ!」。

表へ出る魚勝。「寒い!ボロ長屋でも、家の中の方が暖かい。パチンと目が覚めたのに、あくびが出るよ。いつか行かなきゃと思っていたんだ。それがきょうとは。40日超えた。きっかけ失っていたんだ。魚屋が嫌なわけじゃない。好きだ。河岸が好きだ。庖丁入れて、いい魚だなと喜ぶ得意客の顔を見るのがいいんだ。河岸に行くまでのここが嫌なんだな。戸を開けたら、すぐ問屋ならどんなにいいか。なんだ?久しぶりだな、アカ。どうした?薪屋の赤犬、俺のこと、忘れちゃったのか?ハァ、なるほどね。町内の犬に吠えられる。カカァもグズグズ言うよな。俺が女だったら、とうにいなくなっているよ。カカァはずっといる」。

河岸に着く。「アレ?真っ暗だ。休み?さぼっている間に、休みができたのか?切り通しの鐘だ。耳に響くね。値打ちだね。好きだよ。ん?馬鹿女、一時早く起こしやがった。おかしいと思った。ふざけるな!と殴りたい。でも、また戻ってくる?殴りに帰るの嫌だな。だから嫌なときは働かない方がいいんだ」。浜に降りて、煙草を吸う。「新しい草鞋は確かに気持ちいいな」。顔を洗う。「なるほど。これから先は好き。いきなり、これになればいい。いいね!眠いのと寒いのとでチャラか。暗いと波も見えないな。魚を生臭いと言う奴があるが、磯臭いんだ。この香りがいい。薄ぼんやりと白んできた。お天道様だ。これから、やり直します。こっ恥ずかしいよ。ん?革財布だ。ニチャニチャしている。重たい。銭が入っていないかな。大判小判がザクザクか?・・・ん?凄いよ」。

家に戻って、戸を叩く魚勝。「何?お前さんだろ?」「後、見ろ。追っかけてこないか?」「だから、喧嘩しないでって・・・誰もいないよ」「時を間違えて起こしたな。河岸に行ったら、真っ暗なんだ。引っ越したのかと思った。休みの日じゃない。切り通しの鐘が鳴ってわかった。腹が立った。でも、しょうがない。煙草吸って、夜が明けるのを見ていた。浜で岩と岩の間に挟まって、波を被っているものを見つけた。財布だよ」「コレ、拾ってきたの?汚い財布」「塩水に浸かっていたんだ。ニチャニチャしている。中、見てみろよ」「ちょいと!銭じゃないよ。お金だよ。二分金ばかり」「数えてみろ」「怖い。食いついてこない?チューチュー、タコカイナ・・・」「いくら、ある?」「わからない。ただ数えているだけだから、わからない」「貸してみろ!・・・・オイ!42両あるぞ!喜べ!借金、綺麗に返せるだろう?余るだろう?よかっただろう?」「何が?使うの?」「当たり前だろ!」「どうして?」「俺が拾ってきた」「落とした人がいるんじゃぁ?」「どうして二言目には理を言うの?海に落ちていたんだ。潮に流されてみろ。誰が拾う?いらないのか?」「そんなことしていいの?」「海で拾ったら、皆、魚屋のものだ。魚を返すか?普通に暮らせる。こんな苦労をしていて、天が授けたんだ。喜べ。酒、買ってこい!」「まだ起きてないよ」「万やむをえず、酒を飲むこともあるけれど、目出度いときに飲むのが本当の酒だ。帰りに友達呼んで来い」「皆さん、まだ起きていないよ。きょうの商いだってあるでしょう?」「俺の気持ちだよ」「酒ならいいんだろ?飲み残しならあるけど、飲む?」「誰が残した?」「お前さん」「俺、どこか悪いんじゃないか」「昨日は残したの。心配したの。横で、いつ商いに行ってくれるの?と言ったら、怒って寝たのよ」。

「よこせ!」。酒を飲む魚勝。「アァー、美味い!こんなに美味い酒、飲んだことない。飲み余り?理を言うなよ!きょうは42両拾ってきた。働かなくていいんだ。毎日、飲んでていい。働かなくて飲める。これを極楽というんだ。ホォー!ワッハッハッハ!いい心持ちだ。酔ったかな?」。「思い出した。明日行くから、今晩は飲めるだけ飲ませろと言ったんだ。仕事行かなきゃと思って、ふて寝をした。飲み残すわけだ。ハゼ?美味いね。そりゃぁ、美味いよ。借金は全部払って、金が余る。何で、汗水垂らして働くの?働かなくても、飲めるんだ。お前も好きなもの買いなさい。珊瑚の五分玉?隣のおみつみたいに。しみったれだな。三尺玉にしろ。江戸っ子だ!命がけで珊瑚を背負え!着物も派手にしろ。十二単に緋の袴。これじゃぁ、駄目になっちゃうと、神様がくれたんだ。酔ってきた。弱くなったね。まだある?全部入れてくれ」。「金が怖いとお前は言った。芝の浜で砂だと思ったら、ピカピカ光っている。心の臓が止まると思った。怖くてしょうがない。喉がカラカラになるわけだ。冷やでも、腹がおめでとうと迎えてくれている。床延べてくれ。昼過ぎになったら、湯に行く。祝いに友達大勢連れてくる。これから毎日、そういう暮らしだ。美味いなぁ。ひとつよろしく。おやすみなさい」。

「起きて!」「火事か?何だ?」「商いに行って!」「何の洒落?寝ているのに、あんな起こし方したら、ひっくり返るよ」「商いに行って!」「何?商いって?怒っているね。何、怒っているの?」「商いしなくなって、何日?鍋も釜も蓋が開かないよ」「何、言っているの?」「蓋は好きなだけ開けろ!」「どこにお金があるの?」「ハァ?あるだろう。例のピカピカ」「芝の浜の42両よ」「何、それ?」「昨日、朝に芝の浜に行って」「いつ行ったの?」「起こされて」「起きた?」「起きないよ」「起きないで、どうやって芝の浜に行くの?」「起きないまま、追い出されるように行った」「大丈夫?」「起こしたろう?」「起きないよ。片づけものしていたら、ウンウン唸って、寝言をムニャムニャ言っていた。それで、手拭い持って湯に行って、友達沢山連れてきて。アレがあるだろうって。酒屋に行けと。鰻、刺身、天婦羅取って。ゲラゲラ笑って。今、起こされて。いつ芝の浜に行った?」「黙って聞いていれば、正しく聞こえるだろう。起きないけど、起こされて行った。切り通しの鐘が鳴った。何よりの証拠だ」「ここでも聞こえるの。夢の中で聞いたんじゃないの?」「犬だよ!薪屋のアカが吠えていた!」「夢の中で吠えたんじゃないの?そんなこと、世間でもいくらでもあるよ」「しみじみ思った。こんなに怠けちゃいけないな。ちゃんとしなきゃと思った」「思ったから、何だい?悪いと思ったら、目を覚ましなさい!」「夢を見たと言っているの?そんな馬鹿な話・・・そこまで了見は腐っていない。いくらなんでも・・・俺だって江戸っ子だ。稼いだ夢見るくらいの根性ある」「何がしたいの?飲み食いした跡が何よりの証拠だよ」「祝いは本当で、拾ったのは夢か?」。

「起きたの?」「起きないと言っているだろ!いいよ、夢で。こんなことで留めを刺しちゃった。家は大変だよ。それでも、夢?こんなに大変で夢って言うの?ふざけるな!一人占めか!出せ!42両!」「じゃぁ、私も言うよ。持ってきな!金!誰が一番悪いの?男のくせして、グータラして、酒飲んでゴロゴロ。酒を買いに行くのは私だよ。洗い晒しの浴衣2枚重ね着して、世間に指を指されるのも私。お金、拾ってきたんだよね?ないよね?私がネコババした?天井裏、縁の下、探せるものなら、探してごらん!」「そこまで言っていないよ」「じゃぁ、どうしてないの?」「夢だからないんだ。夢です」「もう一遍訊いてもいい?本当に夢?夢だと大変だよ」「大変だけど、夢だよ。眩暈がする。くだらない夢、見たな。どうしよう?甲斐性のない亭主だ」「いいよ。お前さんと一緒なら。二人で死のうか」「死にたくない!俺は生きたい!どうしたら助かる?」「魚屋で働いてくれれば」「借金、返せるの?」「お前さん、どれだけ腕のいい魚屋か、わかってないの?お前さんの魚を楽しみにしているお客さんがいっぱいいる。半年、一年では無理かもしれない。でも、その気になれば、必ず返せる。働けば、返せるの!」「わかった。魚屋、一生懸命やる!働く!ただし、働くだけだぞ。稼ぎはお前に渡す。返せ!と言われても、取り合わないよ。借金取りに立ち向かうのはお前だぞ」「働いてくれれば、何とかするから!」「わかった!酒、やめる!」「やめなくていいよ。好きな酒だろう」「けじめがつかない。犬にも忘れられる。俺のけじめだ。思い立ったが吉日だ。これから河岸に行く」「嬉しい」「でも、行けないな。庖丁が」「ピカピカだよ」「飯台が」「水、張ってある」「草鞋」「出てます。どうしたの?」「夢で全く同じところがあった」「もう、忘れよう!忘れて!忘れて働いて!」「泣くんじゃない」。ガラッと人間が変わったと言いますが、そうは変われない。了見なんか、関係ない。借金が怖かっただけの話ですね、人間の根っこは変わらない、世間というのはそういうもの、と師匠は解説を加えた。

魚勝は一生懸命、働いた。客は喜ぶ。心の底から美味いよ!と言ってくれる。良かったね、と女房も喜んだ。ただ働いて、金を持ってくるだけ。借金が返せたか、目処が立ったのか、それはわからない。一年、二年と経ち、三年目の春先になって、女房は「話があるの」と言った。「私ね、店やろうと思うんだけど」「何屋?」「魚屋」「俺はどうなる?」「お前さんの店を出すの!」「借金だらけだろう?」「迷惑かけないから」「棒手振りでいいよ。喜んで買ってくれる」「ハナは幅が利かないかもしれないけど、私、やりたい。許してくれる?」「大丈夫じゃないけど、やりたいなら、やれば」。小さな魚屋さんを出して、「御仕出し魚勝」。「勝公の腕は違うな」。眼力がある。包丁を持たせれば、腕がいい。両方を兼ね備えた勝五郎。商売はどうにかこうに軌道に乗った。

その年の大晦日。「久しく忘れていた。世間の人はお湯へ行くんだな。凄いぞ。芋を洗うよう。湯船に入れないんだから」。魚勝が湯から帰ってきた。「岩田の隠居から、虎んべと一緒に面白い話を聞いたよ。除夜の鐘が108つなのは何でか、わかるか?人間の煩悩の数だとよ。悩み苦しみ。四苦八苦。四九で36。八九で72。足して108だ。老いること、患うこと、生きること、死ぬこと。108つ、突き切って、春を迎える。綺麗な身体で新しい年を迎えるんだって。そうしたら、岩田の隠居が『勝っあん、今年はいい年だったね。店も持った。今じゃぁ、お前さんの魚を食わなきゃ一日が始まらないという客が沢山いる。でも、これからなんだよ。ついてなかったね、と除夜の鐘を突いて忘れる。良かったことは忘れることができない。でも、良かった年こそ忘れなさい。勝負どころは来年だよ。油断しちゃ駄目だよ』と。世の中の奴は俺たちを幸せだと思っている。このまま、幸せでいこう。よろしく頼む。カカァ大明神」。「私、一生懸命に除夜の鐘、聞かなきゃ。こんな幸せでいいの?年が明けたら、どうなっちゃうの?」「今が並みなんだよ。これまでが酷すぎた。忘れなさい。前を見なさい。来年になってみろ。座り小便して馬鹿になっちゃうくらい幸せにするぞ」「お願いします」。

泣く女房。「お前さんに見て、聞いてもらいたい話があるの。どうしても、今。腹が立っても終いまで聞いて。春まで待ったら、私の気持ちが収まらないから」「戸棚、開けて、どうしたの?」「見てもらいたいのは、コレ」「財布?ヘソクリで怒ると?女房の才覚だ。小さな男じゃない」。涙ぐんで、渡す女房。「見て!」「重いよ。何だ、コレ。ヘソクリなんて額じゃない。何か、ワケがあるな。何が言いたいの?」「来年も一生懸命働くと・・・」「革の財布に42両。覚えないの?」「あるよ!夢に出てくらぁ。アレがはじまりだろう。エ?何でここにあるの?」「夢じゃなかったから!本当だったから!」「本当なの?ハハハ、ヘヘヘ。それは終いまでと言うわな。聞いてやるよ。そのかわり、一遍だけだぞ!」。

「嬉しかったんです。あのときは貧乏のどん底で」「じゃぁ、何で夢に?」「お酒飲むと言ったでしょ?」「いけないの?」「いいわけないじゃない!怖くて、フラフラと表を歩いていたら、大家さんがこっちへ来い!と言って、『お前、何かあったのか、言ってみろ!』と訊くから、事情を説明した。信じてくれなかった。『拾ってきたんです。お酒飲むと言っています。使っていいんですか?』。張り倒された。『馬鹿野郎!10両盗めば首が飛ぶ。42両もあれば、暮しが変わる。誰かの耳に入る。役人の耳にも入る。詮議にかかれば、お前の亭主の首は繋がっていない。届けろ』『どうすれば?』『お前が考えろ・・・夢にしちまえ』『亭主は子どもでもなければ、馬鹿でもない』『理で考えるんじゃない。この金を身につけてみろ。死ぬんだぞ。いいのか?お前がこれが夢だと信じろ。そうすれば、勝公も信じる』。お前さんがいなくなって、生きていくのは嫌。助けるつもりで、夢だ、夢だ、夢だと繰り返しているうちに、夢になっちゃった」「じゃぁ、何でここに?」「一年経って、持ち主が現れなくて、お下げ渡しになったの」「2年、黙っていたのか?」「怖かったの。あのとき、幸せだった。貧乏だったけど、私、どれだけ幸せだったか」。

「身から出た錆と思い、2年間どれだけ俺が働いてきたか」「覚えている?私が一日だけ寝過ごした日」「あぁ、お前が風邪ひいて熱を出して、俺が支度して出て行った」「雪の朝。出かけるときに目が覚めた。迷惑かけてごめんねと言うと、子どもじゃない、一人で出かけられると言ってくれた。お前さん、戸をちゃんと閉めないから、風が入って寒かった。外を見ると雪がどんどん降っていた。小さくなって走って行く後ろ姿見て、どれだけ拝んだか。帰ったら、ご飯も炊いてくれて、味噌汁も作ってくれた。美味しかった。あの時、決めたの。これでいいんだ。生涯、黙っておこう。何があっても、どんなに辛くても、裏切っても、喋るまいと決めた」「じゃぁ、何で?」「さっき、何て言った?今が並みだ。これから、もっと幸せにしてやる。あんなこと言われたら、黙っていられない。話は終わり。お前さんのこと、大好き。一緒にいて。捨てないで」「もういい。よくわかった。何で夢にしたのか、すぐに出さなかったのか、急に話そうと思ったのか、よくわかった。いいよ。除夜の鐘が鳴りだした。これだよ。隠居が言っていた。いいことも悪いことも忘れろ。終わり!」「冗談じゃない!はっきり言って!私がどんな思いで言ったのか!これで別れるかもしれないと思った。許すと言って!」「わかった。だから、許すよ。おかしくないか?どうもすみませんでした」「辛い思いもしたけど、私も許してあげるね」「おかしくないか?こういう話?俺のせい?」「グズグズ言わないの!」。

「お酒飲もう!」「ひっぱたくぞ。三年の間、どれだけ大変だったか。酒なんか、ないだろう?明日から正月だから?人が来るから?堪らないな。飲んでいいの?ごめん。言い過ぎた。一緒に飲もう。42両なんて、いらない。こっちの方がいいよ。どうやって使っていいか、わからない。久しぶり!また付き合えるみたいだぞ。本当に飲んでいいの?一人で飲むの、照れくさい。お前も飲め。ヒノフノミ!で飲もうか」「三三九度の盃みたいだね」「甘ったれるな。鬨の声でもあげて飲め!エイエイオー!」。「酔うよ。元の飲んだくれになるよ」「いいよ。もう、私は大丈夫。店だけはやっていくから」「誰がお前の自立を求めているんだ。まぁ、いいか。ありがとう。ジッと見るな」「見ていたいの」「甘えるよ。ハァ、やめた!また夢になると、いけねぇだろ!」で、サゲ。亭主と女房の感情のぶつかり合い。掛け合う台詞の見事さ。これほどまでにドラマチックな演出ができる噺家は立川談春をおいて他にいないだろう。心が震える高座だった。