立川笑二「お直し」 貧乏のどん底に落ちて、“蹴転”という地獄で再起を図る夫婦の情愛。腑に落ちる高座を模索する30歳。

道楽亭ネット寄席で「立川笑二独演会」を観ました。(2020・12・09)

笑二さんの「お直し」は以前にも聴いたことがあるが、今回の配信を聴いて改めてその良さを味わうことができた。「お直し」を演る前に、「元犬」をかけたが、初めて笑二版「元犬」を聴いたときの衝撃は忘れられない。噺を咀嚼して自分の納得のいく形で高座にかける姿勢はそのときから変わっておらず、「お直し」もきちんと肚に収めた上での高座であることを実感した。

まず主人公の男女がいい仲になるきっかけが腑に落ちる。夕霧花魁がお茶を挽いているから、やさしく言葉をかけて励ましてやれと店の主人が若い衆の半次に言うのがはじまりだ。「娼妓の夫と書いて、妓夫太郎だ。お前、牛のギュウとでも思っていたんじゃないか。元気づけてやれ」。やさしくしてやると言っても、若い衆と花魁がいい仲になるのはご法度。だけれども、半次が主人にそう言われて、夕霧花魁を慰めているうちに、「できてしまう」のも仕方ないよなあ。

主人がすぐ気づくのも当然。湯に二人で長い時間入っている。布団部屋から二人で出てくるのを目撃する。主人ばかりでなく、店の従業員に知られてしまうのも仕方ない。だが、示しがつかない。「客をとれない花魁のお前が客になってどうする」。そう注意された半次が自分の方から主人に進言するのがカッコイイと思った。「一緒になります。身請けさせてください」。

だけれども、夕霧花魁には40両の借金がある。半次は「給金の前借り」を言い出すが、果てしない年月がかかるのは目に見えている。そこで主人の甲斐性の見せどころだ。証文を巻いてやる。借金もいい。変に駆け落ちでもされて悪い噂が立つ方が困る。夕霧は三ノ輪の叔母さんの親元身請けにして、本名のお崎に戻って、「おばさん」となり、半次は妓夫太郎を続けることができるようにしてやった。主人の人情がここにみえる。

次に思うのは、男は駄目だなあ。女の方がしっかりしているなあ、ということだ。最初のうちは二人とも一所懸命に働いて、暮し向きも良くなっていく。働く張り合いも出る。さらに女は働く。ところが、男は悪い仲間に誘われて千住に遊びに行き、居続けをしてしまう。無断欠勤。言い訳をするお崎がつらい。女を買っているうちはまだ良かったが、さらに悪い仲間というのはいるもんだ。博奕に手を出す。泥沼。もう、こうなったら、言い訳が効かない。夫婦ともにお払い箱だ。

貧乏のどん底に落ちたとき、半次は「蹴転(けころ)でやってみないか」とお崎に提案する。羅生門河岸。地獄。自分が悪くて落ちるところまで落ちたのに、よくそんなことを言えたもんだと思うが、よっぽど二進も三進もいかなくなってしまった状態なのだろう。若い衆は俺がやる。女は女房のお前がやれ。前はやっていただろう。私はお前の女房だよ。頼む、やってくれないか。

お崎の決断。「平気かい?」「平気なわけない」「平気でないと困るんだよ」。まだ半次がふらついているのを、お崎がビシッと言う。客が少しでも長い時間いるように、色々なことをして引っ張るんだよ。お線香の本数を増やすんだよ。妬かずに出来るかい?半次に焼き餅を妬かせない約束を取り付け、「じゃ、やろうか」。

お崎のそのあとに続く半次へのメッセージが胸を打った。これまでお前さんが女郎買いや博奕をしても意見をできなかった。それは、お前さんが主人の前で「身請けする」と言ってくれて、助けてくれた「命の恩人」だからだよ。でも、きょうからは違う。駄目な亭主と駄目な女房。対等だよ。お前さんが私を売る。言いたいことは言わせてもらう。吉原の闇のようなところで働く覚悟ができた女の台詞が沁みる。

酔っ払いを引っ張りこんで最初の客に。甘い言葉を繰り出すお崎。好きな人は目の前にいるの。私には40両の借金があるけど、身請けしてくれるかい?悪い男に捕まっているの。助けてくれるかい?たまには夫婦喧嘩もしたいね。ぶっておくれ。お前さんにぶたれたい。半殺しにされても構わない。手を貸してごらん。この胸の中にいれるよ。ほら、ドキドキしているだろう?私はお前さんのモノなんだから。

どんどんエスカレートするたびに、お直しの間隔は短くなる。半次がじりじりして、妬いているのがわかる。挙句に客から勘定を取るのもほったらかしにして、「やってらんねえや」。嫌な気持ちがする。あんな奴と一緒になるのか。男は純で馬鹿だねえ。

お崎も、「よすかい?よそうじゃないか。こっちだって、白粉がボロボロ落ちて、みっともないんだ。誰がこんなこと、やらせているんだ。亭主の前でこんなことをするほうが、よっぽど嫌な気持ちだよ」

やがて半次も目が覚め、お崎と二人で幸せになろうと誓う…。そのあとのサゲに向かう部分にも笑二さん独自の工夫がされているのだが、これについては伏せておきます。

兎に角、噺を徹底的に検証して納得のいく形で高座にかける笑二さんの高座に向かう姿勢はいつも感心するばかりだ。