瀧川鯉八「石を投げれば」唯一無二の世界観に身をゆだねる幸せ。ファニーで、実は鋭い鯉八らくご。
渋谷伝承ホールで「ちゃお9」を観ました。(2020・12・02)
真打昇進披露が終わって、最初の瀧川鯉八師匠の自主公演独演会「ちゃお」である。2018年3月に内幸町ホールでスタートしたこの会は今回が第9回だが、第8回(師匠・鯉昇を迎えての回だった)はコロナ禍で休止となったので、今年の3月以来である。遊雀師匠がゲストだった。
今回は三遊亭粋歌さんがゲストだったが、鯉八師匠はマクラで「百栄師匠と粋歌さんは僕が尊敬する新作落語家」と言って、「この2人は、『ちゃお』がスタートしたときから、ゲストに呼びたかった」。百栄師匠はすでにゲスト出演しており、再びお迎えしたいとコメントしていた。嬉しい。この2人は僕も大好きな新作派の噺家さんだからだ。鯉八師匠と作風も全く違う2人だが、だからこそ、「尊敬」する2人なのだろう。今後、粋歌さんとは何か会をやりたいとも言っていたし、ますます楽しみだ。
「石を投げれば」が出色だった。全国のコンビニの数より、歯医者や美容院の数の方が多いという。鯉八師匠は「虫歯を予防することを推奨しているのに、本来、虫歯を治療する歯医者の経営が成り立つ」不思議に目をつけ、独特の視点から噺を展開する。予防歯科って、なんだ。歯科衛生士の存在は?別に小難しい理屈をこねるのではなく、素朴な疑問で、それは子供がお母さんに質問するかのような純粋さで切り込む。だが、それは結果、社会の皮肉をえぐりだしているのだが、別に問題提起しているわけではなく、なーんか変だよねえと笑いに変えている。その料理の仕方が鯉八流というか、かつての新作落語家にはなかった手法なので、受けているのだと思う。
唯一無二という表現をよく鯉八師匠にするのだが、それは本当に、心底、唯一無二と思っているからである。だって、他の噺家さんにあの手法は使えないもの。ファニーな顔して、不思議な世界にいざなって、実のところ鋭い。これが鯉八落語の魅力ではないだろうか。
「ぷかぷか」も演ったが、これは十八番というか、代表作といってもいいのではないか。「なんかいいことないかなあ」と万太郎がつぶやくフレーズは、極々当たり前の気持ちなんだけど、これが一旦、鯉八落語のまな板に乗ると実に不思議な展開を見せる。ナイフ万太郎という名前でミュージシャンとしてデビューし、初登場から何週もヒットチャート1位を獲得。その人気ゆえに恋愛スキャンダルがおきたり、万太郎をパクったミュージシャンが現れて人気を奪われたり、でも原点に立ち返ってたら再ブレイクしたり。それは今の音楽業界とか、文化の流行の希薄さとかをそのまま映し出しているように僕には思えるのだが、おそらく鯉八師匠は「そんな難しく考えないで」と言うに違いない。
独特のリズムで「なんかいいことないかなあ」とか、「万太郎、フォーエバー」とか、繰り返されると気持ちよくなる。それだけでこの落語はいいじゃないか。ファンタジー。だって、結局は夢物語なんだもの。そう、鯉八師匠は言いそうな気がする。これまた、唯一無二。鯉八師匠しか創作できない独特の鯉八ワールドに身をゆだねる幸せをこれから先もずっと味わせてくれるに違いない。