古典と新作 浪曲師・玉川太福は二人いるのか!?

ソニーレコード来福レーベルから発売されているCD「浪曲 玉川太福の世界」2枚を聴きました。

このCDをスタジオ録音にした理由について、ライナーノーツの「ご挨拶」で太福さんがこう書いている。以下、抜粋。

「演芸なんだから、お客さんの反応が入っているライブ音源のほうがいいんじゃないの?」その選択もあったのですが、繰り返し繰り返し「耳だけで楽しんでいただくもの」として、舞台でお客様にウケているものより、「耳心地の良い」一席を目指しました。このCDをお手にとってくださった方の多くは、浪曲を聴き始めて間もない方ではないでしょうか。浪曲の魅力を、よりわかっていただくためには、「浪曲の耳」を育てていくしかありません。その耳を育てるためには、「繰り返し聴くこと」。これに尽きるんです。耳を育てていただいた後で、ぜひ生の浪曲を聴きにきていただきたい。(中略)生で聴く、体感する浪曲の魅力に出会えたなら、それは音源の比ではなく。一気にあなたを浪曲の虜にするでしょう。

また、「浪曲師 玉川太福読本」(CDジャーナル2月号別冊)の「CD『浪曲 玉川太福の世界』を制作した男」で、坂本龍也さん(ソニー・ミュージックダイレクト)がインタビューに答えてこう述べている。

「浪曲は“語り”“節”と“三味線演奏”なので、(中略)太福さん、みね子師匠、それぞれ同時に別のブースに入ってもらい、語りと三味線を分けて録音しました。舞台では浪曲師と曲師が横に並んで、お互いの空気感や息づかいで“間”を取りますが、今回は向い合せになって、ブースでイヤホンから聞こえるお互いの音と、アイコンタクトで節と三味線を合わせてもらったんです」

前置きが長くてスミマセン。スタジオ録音にこだわっただけでなく、浪曲師と曲師の音を別々に収録しミックスするという制作により、徹底的に【音】にこだわったという意味で、このCDがいかに画期的であることがわかり、また玉川太福の浪曲に対する熱い思いが伝わってくるではないか。

もう一つ、特徴がある。古典編と新作編の2枚に分けたことである。これについても、坂本龍也さんは「太福さんの世界をCD1枚に凝縮することはできなかった。古典、新作それぞれの世界観があるからだ」としている。御意!

CD収録演目

古典編「若き日の大浦兼武」「青龍刀権次~召し捕り」「天保水滸伝~鹿島の棒祭り」(作・正岡容 脚色・畑喜代司)

新作編「地べたの二人」から「おかず交換」「道案内」「配線ほどき」「湯船の二人」

僕が初めて太福さんの浪曲を聴いたのは、2015年6月の「玉川太福新作独演会」@らくごカフェ。「銭湯激戦区」「三ノ輪橋とか、くる?」「地べたの二人~おかず交換」の三席。もう、魅了された!で、太福さんの出演する会に行くようになり、そこで「松坂城の月」「越の海勇蔵」「不破数右衛門の芝居見物」「大石東下り~武林の粗忽」といった古典のすばらしさを知る。その年の12月には「地べたの二人~おかず交換」が第1回渋谷らくご創作大賞を受賞!

16年には日本浪曲協会広間でおこなっている定期的な勉強会「太福、三席。」に通うように。ゴールデンウイークにはお江戸日本橋亭の朝練で「青龍刀権次」を「発端」から「偽札」「血染めのハンカチ」「乳母の義信」「涙の刑事部屋」まで(途中行けない日があったが)連続でかけた。また、あかぎ寄席で「清水次郎伝」連続が「次郎長と法印大五郎」からスタート。「秋葉の仇討」「名古屋の御難」「勝五郎の義心」「長兵衛の義侠」・・・と続いてワクワクした。

17年は噺家さんが創作した新作落語の浪曲化も。三遊亭円丈作「悲しみは埼玉に向けて」三遊亭白鳥作「任侠流山動物園」「男旅牛太郎」。「地べたのシリーズ」も続々創作され「10年」「道案内」などを聴いた。僕にとって、思い出深いのはラジオで創作話芸の特番を三遊亭粋歌さんや神田松之丞さん(現・伯山先生)と一緒に制作したこと。3月が「出発(たびだち)」がテーマで「本番、10分前」を、8月が「こわ~いハナシ」がテーマで「地べたの二人~夏の虫」を創作いただき、リスナーから好評だった。

でも、太福さんにとって大きいのは11月から「月例木馬亭独演会」をスタートさせたことだろう。それまでの日本浪曲協会広間「太福、三席。」では狭い。三遊亭兼好師匠から「もっと大きな小屋で月例で開催しなさい。そうすれば、必ずお客様も増えるし、あなたの勉強になる」と言われ決断したそうだ。そして、実際にそうなった。この第1回で浪曲界では22年ぶりの文化庁芸術祭大衆芸能部門新人賞を受賞したのは、その実力が証明されたということだろう。

その後の快進撃は皆さんがよく知るところだろう。18年1月から映画「男はつらいよ」全作浪曲化がスタート。19年2月には正式に落語芸術協会の会員となり、寄席に頻繁に出演。浪曲の定席である木馬亭以外で、寄席スタイルの高座でお客様に聴いてもらうことは太福さんにとっても、演芸ファンにとっても嬉しいことだ。松之丞改め六代目神田伯山襲名披露の大初日に「神田伯山物語」を披露し、客席が沸いたのは記憶に新しい。

もちろん以前には、「にほんごであそぼ」で人気となったが早逝した武春先生の唸りは大好きだった。だが、正直なところ、本格的に浪曲の魅力に気づいたのは太福さんがきっかけだったと言っていい。奈々福さんの素晴らしさに感銘し、玉川一門以外の浪曲師さんも聴くようになり、澤孝子師匠、天中軒雲月師匠といったベテランのすごさにはまっている。「阿呆浪士」を観たジャニーズファンの女子が木馬亭に聴きにきたり、奈々福さんのところに弟子が入り高座デビューしたり、浪曲はますます楽しくなっています!