【プロフェッショナル】いつだって、人間は面白い 脚本家・倉本聰

NHK総合で「プロフェッショナル いつだって、人間は面白い 脚本家・倉本聰」を観ました。2017年の放送番組だが、今年亡くなった倉本さんの追悼として再放送されたものを観ました。

この番組の取材には条件がついたという。倉本が執筆中、撮影クルーは視界に入らないようにすること。全130話の「やすらぎの郷」というテレビドラマの脚本書きが佳境のときだった。テレビ業界人が住む老人ホームが舞台。最近のドラマは人を笑わせるものばかりで、感動させるものがない、人の心を洗うドラマで一石を投じたいと考えたのだ。

煙草を吸い、ここまで書いた脚本に目を通す。傍にいることが許されるのは愛犬のメルサのみ。集中力を高め、感性を研ぎ澄ます。「あるとき、自分の能力を超えたものが書けた。だが、肩が凝り、吐き気がする。すると、誰かが言った。お前の後ろにいるサムシングレートが書かせているんだ。お香を焚きなさい。自分の力で書いているうちはプロとは思わない」。

朝5時に起きて、執筆。休憩。執筆。仮眠。その繰り返し。集中力を要するが、365日机に向かうことを自分に課している。ダンサーは一週間レッスンをやめたら踊れない。ボクサーは一カ月トレーニングをやめたら戦えない。毎日書いていないと退化する。それが倉本の信念だ。

脚本を執筆する半年前に、登場人物の履歴書を克明に作る。主人公の石坂浩二は戦前生まれのシナリオライター。戦時中の疎開先、両親が亡くなったときの年齢、ドラマでは描かれないことも細かく書く。ドラマの深さは一人一人の履歴をどこまで練ったかで決まる。いわば生命線だ。

「北の国から」で息子の純が女性を妊娠させてしまったとき、黒板五郎は相手の女性の父親のところにかぼちゃを持って、謝罪に行く。五郎の履歴書には青春時代が失敗続きで、学生時代に女性を妊娠させた経験があると書かれている。それも一度ならず三度。その度に五郎の父親はかぼちゃを持って頭を下げに行った。その行動が反映されているのだ。

ドラマを1本の木に喩えると、登場人物は根っこだという。根っこがしっかりしていないと育たない。人は葉や実や花といった上ばかりに目をやるが、根っこを考えないと脚本はだらしなくなる。

「やすらぎの郷」130話を4ヶ月で書き上げ、本読みに入った。倉本は脚本家として必ず立ち合う。語尾の上げ下げ、一語一語の間。完璧主義である。責任を負うから、こだわりを押し付ける義務があるという。こういう意図があるから、こうやってほしい。人物の根っこを徹底的に掘り下げ、台詞の一語を突き詰める。そして、ドラマが生まれていく。

昭和10年、東京で4人兄弟の次男に生まれた。学生時代は戦後の混乱期。ラジオドラマと新劇が唯一の楽しみだった。人を幸せにする物語が作りたい。大学を卒業後、ラジオ局に勤めながら、副業として脚本を書き始めた。10~15年は丁稚の期間と思い、職人としてのシナリオ技術者を目指した。才能は開花し、年間50本のドラマを書く売れっ子になった。

転機は昭和49年、39歳のとき。NHK大河「勝海舟」で、台詞の言い回しを巡って制作スタッフと対立。シナリオライターをやめよう。すべてを捨てる覚悟で降板し、札幌に暮らす。居酒屋やコインランドリーで出会った人たちの身の上話を聞くと、心に響いた。

やがて脚本家を再開。東京で暮さず、富良野に定住することにする。極寒の地で自分のひ弱さとそこに暮らす人々の逞しさを痛感した。3年目。ドラマ「北の国から」の企画書を書く。

「自然の片隅に都会で育ったものを放り込んだら、彼らは一体どうするだろうか。これがこのドラマの実験である」。か弱い倉本の姿をドラマに投影させた。集中すると吐き気がおきる。何かが書かせてくれた。自分が真摯にピュアにならなくてはいけない。倉本の信念である。

倉本は最後になるであろう舞台制作に取り組むことにした。タイトルは「走る」。役者がひたすら走る芝居。人はなぜ走るのか。生きることの意味を問う。マラソンは人生の象徴。一歩でも他人より前へ出ようとするレース。誰もが思いや葛藤を抱えている。卑怯な思惑、不運が交錯する。それでも走らねばならぬ人生とは何か。

役者は40人。体力はあるが、経験は少ない者ばかりだ。そこで倉本は脚本家兼共同演出を担当した。役者全員の個性を観察し、それに合う台本を作る。じっくりと語らい、考え方を探る。そして、キャラクターを練っていく。

全員の役が決まった台本が配られた。脚本の意図を伝える。言い回し、表情。連日、指導した。体調不良になっても、おかゆを食べ、稽古を続ける。もう一度、全員の台詞を見直す。全神経を研ぎ澄ます。気力と体力を振り絞って、デスクに向かう。変更は数ページに及んだ。

本番2週間前、倉本の顔は厳しい。芝居の精度が上がらない。役者全員を集め、プロになる気があるのか?と問い詰める。「勉強すれば上がっていくのは20、30、40代。一番伸びる時期を逸したら、駄目になる。今しかできない努力がある」。経験のある役者ではなく、若手を選んだ。そして、「走る」をテーマにした。そこには倉本をかき立てる何かがあった。

この世界に完成はない。今までにない感動を生み出せたか。それがプロの仕事。歳を取ったから衰えるのではない。生きる原動力がそこにある。倉本は台本を直し続けた。

公演初日。人生という名のマラソン。競争の中で一人一人が悩みや葛藤を抱えている。誰もが懸命に走る。その価値とは何か。倉本の疲労はピークだったが、眼差しは鋭かった。

プロフェッショナルとは…「一本道。横道に逸れないこと」。倉本は自分の信じる真っ直ぐな道を偽ることなく正直に走り続けた。それが数々の名作ドラマを生んだのだろう。僕は20代の終わりに、取材で富良野塾を訪れ、倉本さんにインタビューしたときのことを思い出した。